まつ毛に密着して、視界を七色のレンズにしてしまう粘液
頭皮から産み出されるのに、毛髪一本一本の中にガチャガチャ入り込もうとする粘液の
やっとミニゲームに勝ったので階下の、20年も経つトイレの前の手洗い場にきても滴(したた)る粘液の性質
蛇口を思いっきりひと回しして、左手で右手からすすぎ、口に含み、うがいをするために頭部を垂直にした
途端に現れた正面の赤らびた男の顔
怒髪天を突くかのように粘液が、ピンピンのネズミ頭にしていた男の顔
何のことはない、ただの鏡だったのだ
ちょっと驚いたり、風体のことで色々浮かんだ思いは一瞬で消えて、また、スポーツマンの思考に切り替わった
ああ、この赤さならまだ充分出来るな、心拍もそれほど速くない、3分座って全身の力を抜けば、という思考に切り替わった
そのまま口腔の粘液を吐き出して、再びすすごうとかがみかけた時、右側の耳たぶ下がキラリと光った
スポーツマンのスルドさが全身を停止させたけれど、ふっと抜けたのだった
それは、頭皮から生み出された粘液の性質で涙的化した汗だった
キラリ、キラリ、と七色に光っている
涙的の後には木目の美しいドアとクリーム色の壁紙が
単調なそして無害であろうとする世界の中にあって、強烈なそして刹那的であろうとする粘液の性質
この七色の宝玉は、誰かを排除して得たものでも、誰かが作って得たものでもない、ましてや、自らの弱さや罪悪や不安を排除しようとしたものですらない
誰かに見せるためのファッションのためですらない、ここままかがんで顔を洗えば消え去っていくものだ
誰かに己を誇示するための顕示(けんじ)ですらない、汗のピアスの存在は私だけしか知らないからだ
私という個体の物質的な肉体と化学的変化によって生じた、スポーツマンの思考を停止させたのだ
汗のピアス
逢えた一瞬の煌(きらめ)き