死の恐怖は「人間である」ことへの感謝で乗り越えていく。
その奥底に雑じり気がある。
一心不乱に感謝で全身を染められる、が、それを肉体的自我が白袴に戻す。
完全に消し去れない何よりの証拠なのだ。
感謝でなく、尊崇という者もいる。
天上の星の輝きや道徳律への尊崇だけに全身を染められる、と。
あるいは、未来への希望、数学統計に基づく人間の発展という者もいる。
確かに、それらを身に纏い染め抜いたかのように錯覚しえる。
しかし、その奥底に雑じり気がある。
「私は今日一日を与えられた。」
しかし、「いつか与えられなくなる」という砒素のような無機が、この肉体に混じり込み決して同化しえないのである。
全身を感謝、尊崇、希望に向け、人格の陶冶へと進みながらも、この身の抱える無機を決して忘れられないでいる。