山作戰 ��(高)山 |HomePage

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僕は禿げる。(中略)それでも歌を聴いてくれますか?
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2003年07月06日(日) 取り残された思い



 今朝、山手線に乗っていると会社へ向かうと思しき二十代中頃位の女性が携帯でメールを打っていた。彼女はメールを送る段になって携帯のアンテナを髪の毛にこすり始めた。電波状況が悪い様で何度も画面を確認。その後、彼女は携帯を振り始めた。電車が駅を出たところでやっと送れた様だったが、僕にはなんだか滑稽な様なおぞましい様な物に見えた。

 一時期、携帯の電波が悪いときにみんながやっていた「髪の毛にこすり付ける」「振る」という動作は実際電波状況改善になんの効果もない事が衆知の事実になっている。彼女にはどうやらその情報がはいらなかったらしい。いうなれば戦争が終わったことに気付かず南の島に潜伏している人と同種の哀しみがある。


 取り残された中で戦うのは哀しい。白装束の方々がスカラー派を除けるうずまき模様のステッカーしかり、オウムのコスモフィルターしかり、論理を逸脱した思い込みはかなり不気味で哀しい。
「僕らの知らない力があるのかも!」と譲ろうにも譲れない、これらの非常識と現実の溝を埋める物はあるのだろうか。

 確固たる思想がない考えの古い人を「取り残された人」と言う。確固たる古い考えを持つには絶えず新しい考えを選択支に入れて検討しなければならないからだ。考えは考えるためにあるのではなく、良く生きるためにあるのだから。考えるための考えの代表である共産主義の無力化で知らされた事は意外に多いだろう。


 その日、作戰本部で飲みながらうっすらその人のことを考えていた。発泡酒から焼酎に切り替えた酔いの中で僕はふと彼女がメールを送った相手を思った。
 「彼は、または彼女は、電波の悪い携帯を振るのだろうか?」

 分かるはずのないいらぬ心配だった。