僕は禿げる。(中略)それでも歌を聴いてくれますか?
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2006年10月15日(日) 幼い命が愚かしく…

おつかれさまです。��(高)山です。

本当にガキが愚かに死を選びます。そして周りの大人が過保護に騒ぎ立てますが、あれって次の自殺を呼んでますよね、確実に。そして自殺が安易に復讐の方法としてクローズアップされます。死んだこの描いたストーリーは例えばこんな感じでしょうか

�.謄譽咾納茲蠑紊欧討發蕕┐襦�」→�△修了劼了�なんてろくに知らない校長先生が会見→��残されたいじめてた子は「私なんだわ原因は…」なんて思って反省、「○○ちゃんごめんね」と泣き崩れる→�づ傾颪任修陵融劼鬚澆討靴瓩靴瓠�
(注意・��(高)山が「天国はある」と言ってるわけではありません)

…馬鹿げてる。安易です。一生後悔して暮らすやつなんていませんよ。どぎついいじめかたする奴なんて親だってろくなやつじゃないんだから、「いじめてないもん」と思うか、「いじめてたけど、死ぬ奴がおかしいよねぇ」と友達と納得し合うか、仮に反省のような物を一瞬しても、数ヶ月後には「え?だれだっけ?ああ!」てなもんですよ。子供には生まれながらに反省する機能はついてません。オプションですのでご注意下さい。でもオプションのインストール、難しそうだなあ。

復讐としての自殺じゃないにしても、そもそも死ななければいけませんか?親は学校に行かせない選択肢だってあるんじゃないですか?教員任せですか?いじめてる子の親を血祭りにあげたっていいと思います(こういう事を書いておけば、自分の子がそういう目にあったときに色々頑張ると思いますので、ただいま増量中です)。


「血祭り」想像図。

そもそも、人間なんてしばらく食わなきゃ簡単に死ぬんです。死にたいなら食べないでいればいいじゃない(マリーアントワネット風?ちがう?)。どんなに生きたがったところで100年待つまでもなく死ぬわけですからね。しかもそうやって死ぬ人だって風邪引いたら風邪薬飲んだでしょう?一貫性がないのも気に入らない。薬だって無料じゃあないんですからね。あ、風邪薬で思い出しましたが、風邪引いたら死ぬような時代だってそう遠くない昔あったわけで、その頃までの人に「いじめられました。死にたいです」って言ったら「え?ああ、死ね死ね。夕飯までには帰ってくるだぞ」って返してくれたりする気がしてちょっとうらやましいですね。

子供なんて何もわかってないんですから、「イジメで自殺するなんて馬鹿げてる」って価値観を共有する努力をしないとどんどん死にますよ。わかったような振りをして「あの子の気持ちを考えると…」なんてのはテレビで言わないでください。生きている間に考えてください。尾崎世代(もちろん紀世彦じゃない)が親になって、「過半数の国会議員が社民党」みたいな、誰も中心で運営する気がないようなうすら寒い世になっています。自由ってなんだか人に聞くのなら「自由になれた気がした」のも勘違いでしょう。Coccoも手首なんて切ってないで首、頸動脈いっちゃってください。

あとは子供部屋にテレビ置かない方がいいですよ。親とテレビ見せて下さい。そして、親は馬鹿馬鹿しいシーンに「ありえへん!」「ないない!」「どないやねん」と突っ込んで下さい。「これじゃ死なれへん」「苦しいでぇ!」「死んだらしまいやがな!」なども忘れずに。そうしないと真に受けますから。そうやって育ちませんでした?みなさん。

復讐で死ぬのなら首吊ったりしないで、かがり火を炊いて、相手の名前を唱えながら断食した方がいいと思います。または相手の家の前で腹を切って、表札にはらわたをなすりつけるくらいしましょう。
君 犬死にしたもうことなかれ


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