カンラン
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2003年10月06日(月)





その昔、の話。

わりあいと投げやりな日々を過ごしていた当時、

そばにはひとりの人がいた。




そばにいるとちょっとした波立ちでも感じたんであろう、

その人は「どうしたのか?」と私に問うたので、

「これから先のことで悩んでいる。」と

珍しくうそをつかずに答えた。




そうなると人は、話し続けなければならない生き物らしい。

先ほどの簡単なひとことに

的確な質問とお粗末な答えとによって

尾ひれがつき、背びれもつき、

少しずつかたちができたころ。

その人の口にした言葉が忘れられない。

その人はさらっと言った。

「それは悩んでいるんじゃない。ただの不安て言うもんだよ。」




目からウロコ。

あっけにとられた。

そうだろう。

自分なりの考えが幾つか存在していて初めて、人は悩むんだそうだ。

私のように

あーでもないこーでもない、もしも・・・あぁ!

なんて妄想を繰り返しているだけの状態は、不安と呼ばれるらしい。

いや、まさにそのとおりだ。

そうか、そうなんだ。




そんな風に当時の私は

その人の語ることひとつひとつに感心していた。

自分にないもの、

そして正しいとされることをたくさん持ち合わせた人だと思っていた。

それはそれで正しかった。




でも、それから先、

その人の手を離して自分なりに模索して歩いて、

ちょっとひと休みしたところで感じたんだよね。




いちいち感心したかったわけでもないんだよなぁ、って。

賢くなりたいなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったよなぁ、って。

正しいことを教えて欲しいわけでもなかったよなぁ、って。

私がかけて欲しかったのは

そういうたいそうなことばじゃなかったんだよなぁ、って。




そこらへん、自分でも勘違いしてて、

その人はそんな私に応えてくれてたのかも知れない。

それはそれでその人もさぞかしプレッシャーだったろう。




しゃべらないでも

的確なことばを選び取れなくてもどかしくても

じゅうぶんに大人じゃなくても

ふたりがふたり

おたがいがおたがいでいられるような空気の生まれる場所を

私は望んでいただけだった。

多分これは頭で考えることじゃなくって

からだで感じ取ることなんだろう。

簡単なことのようでどうやらなかなか難しいことのようだけど。

ときどきそうしてその人に話しかけてみる。








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