カンラン
覧|←過|未→ |
数日前、年をひとつとった。
ぼちぼち自分が今何歳なのか即答できなくなってきたと思っていたら、ぴのきがあちこちで丁寧に「ままは さんじゅうに さい」と言いふらしてくれるようになり、なんだか恐ろしく遠くまで来てしまったような気にさせられている今日この頃。後戻りはできない旅路だ。
お盆は、弟の帰省にあわせて実家に帰っていた。
羽を伸ばすはずの弟は、とにかくぴのきと伊万里(実家の愛犬。♀)にもみくちゃにされ、その休みを終える。もてる男はつらいよのぅ。
父と弟が煙草を吸いながら専門用語が織り込まれた難しい話をぼそりぼそりとしているのを眺めていると、なんだか妙に頼もしい気持ちになった。私が退屈しているのではないかと気を使って時折相槌を求める父には笑顔を返す。内容はてんでわからないのだけど、話の腰を折ってしまわないように。
最後の夜、眠りにおちたぴのきを置いてつちのこ氏とふたりでバーへ。
ふたりきりでどこかへ行くことなどなかったので、ぴのきが目を覚ましてやしないかと気にはなりながらも、ちびちび飲みつつ楽しいひとときを過ごす。 結婚前、ぴのきが生まれる前はこんな時間が自由に持てていたのだなあ。それがこれほどまでに貴重に思えるようになるとは。 もちろん、反対におもしろい時間も増えたけどね。
つちのこ氏がふと、結婚した時期について、あれはまさにあのときしかなかったのだ、と話す。 言われてみると、たしかにあのままつきあい続けていたとして、今結婚しようとしても難しかったように思う。連日こんなに残業続きじゃ式の準備なんぞできないし、何かともめることが多かったんじゃなかろうか。 それに、おじいちゃんに花嫁姿を見せることもできなかった。ぴのきがお腹にいることがわかって間もなく他界したおじいちゃん。ひ孫ができたことももう伝えられない状態だったけど、ぴのきは本当におじいちゃんによく似てる。
つちのこ氏は、私が暗いトンネルを通り抜けた先で出会った人だ。
あまりにも辛かったり悲しかったりすると記憶が抜け落ちてしまうというのは本当で、つちのこ氏に出会った頃のことは、正直、いまだに靄がかかっている。多くを訊かず、暗がりから出て間もない私の手をとってくれたのがつちのこ氏だった。 縁を切るだの切らないだのという話まで飛び出して穏やかじゃなかった私と家族を繋いでくれたのも、この人だ。本人は知らないだろうけど。
もっともっと感謝しなくては。 トンネルの途中で手を離してしまった人のためにも。
実家の最寄駅すぐそばのビル、階段を下りたところにあるバーは、今月末をもって店を閉めるのだそう。 さみしいな。
|