鎮火のしらせから三時間 未だ安否情報入っておらず
細胞がぴりぴりする 細胞から祈れるならそうしたい 臓腑から祈れるならそうしたい 他のことがなくまっさらの祈りのかたまりになりたい
でも普通に,僕は,いるわけで
戦争とか地震のことを思っていたよ。 当事者の彼らは,宗教や神の名前のことなんて考えていない。 ただ祈っているだけだ。 細胞から臓腑からひたすらに祈る。 ああ僕はなんだか吐きそうだ。 吐く。 吐いた。 吐いても僕のは結局自己憐憫なだけで。 ひとのことで心をいためている自分がかわいそうでならないだけで。 細胞で臓腑で祈れていないから,余裕で,エンピツなんて触っている。 仕事も手につかないなんて下手な言い訳をしてみている。 そんな下衆。 祈れもしないくせに信仰を欲しがってはいけない。 わたしの神に名前を付けたがっているのはきっと僕なのだ。
「祈ろう」とか「祈れる」とか「祈るしかない」とかもうどうでもいいや。 キリスト教がうんぬんとか仏教がとか神道がとかそんな暇なことどうでもいい。 死は愛は生は祈りは愛は愛は愛は愛は
愛は
どうか無事でいてください 君も君のママも君の兄弟もどうか無事で せんせいは職員室にいてもできることがなくておうちに帰りました なにしろ担任でも責任者でもないので 家で連絡を待とうとか何かのために体力を温存しておくとか 自分に言い訳をしました 君の家のあったあたりを少し車を走らせました 夕方まであったろうあたりを 消防車が帰っていくところでのんびりと鉦を鳴らしていった 普段なら停まっていないあたりに車が何台も停まっていた それよりも君に僕は今日ちゃんとあいさつをしたのか 安否情報が入っていない 馬鹿みたいにたくさん食べて半分吐きました せんせいは自分がかわいそうでなりません 「何もできない立場にいて辛いからせめて祈ろう」て呟いて あんまりに自分の呟きが恥ずかしくてもう一度吐いて もう一度食べました 倒れるわけにはいかない 「祈ろう」とか「祈れる」とか「祈るしかない」とか 自分の余計な言葉がうるさくって祈りになりゃしないので せんせいは自分がかわいそうでなりません しょうがないので君の名前だけリフレインする 馬鹿みたいにリフレインする 馬鹿みたいに君の輪郭を思い出そうとする 馬鹿みたいな祈りがその瞬間の僕の細胞に臓腑になっていけばいいのに
この時間に緊急連絡網が入らないということは,きっと命に別状はない。 そう信じたい。 信じることにする。 と何度も言い聞かせても信じられないから,細胞の祈り臓腑の祈りって呟く。 神に名前をつけるな。 どうか無事で。 先生はとりあえず,自分の健康に気をつけながら,自分の仕事をするからね。
ごめんね
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