管理人の想いの付くままに
瑳絵



 偽りの裏側 −3−

 トンッ
「あ、すみません」
 賑わいを見せる繁華街、誰かと肩が接触してルヒトは頭を下げる。ぶつかった相手は肩ほどまでのストレートの黒髪、白磁の肌に良く映える黒のキャミのワンピースに黒のカーディガンと言う出で立ちの少女で、首には綺麗なグラデーションの水色のスカーフが巻かれていた。
 思わず見とれたルヒトだったが、自分の目的を思い出し少女に背を向けた。
「・・・バーカ」
 直後にその背中へ投げられた言葉とクスクスと言う笑い声に、幸か不幸かルヒトが気付くことはなかった。



 真っ白な豪邸の前に佇む1つの黒い影。憎しみの篭った瞳でその屋敷を見つめる。
「作戦開始」
 呟かれた言葉は誰かに向けられたものなのか、それともただの独り言なのかは定かではないが、誰にも聞き止められぬまま空(くう)へと溶けた。



 天井にはシャンデリア、暖色でまとめられた品の良い家具、手に持つティーカップからは高級感が溢れている。
 そんな中、柔らかいソファーに深く身を預け、ルヒトは本日何度目かの溜息を吐いた。
 アワラが脱走を図った後、すぐにルヒトは追おうとしたが、上から大目玉を喰らい、アワラ捜索には携わらせてもらえず、警察出動依頼のあったこの屋敷へ行くようにとの命を不承不承受けたのだ。
 はっきり言ってルヒトは何度か訪れたことのあるこの屋敷をあまり好んではいなかった。寧ろ苦手意識のほうが強い。
 街で一番の資産家であり、丘の上にある教会が営む孤児院の資金援助など進んで慈善事業に励んでいる、レネダンと言う黒髪黒眼のまだ30代前半の男の家。
 何でも3年ほど前に油田を掘り当てたという強運の持ち主で、テレビなどで見かける精悍な面立ちと完璧すぎるほどの紳士的な態度。毎回その顔には同じような人の良い笑みを浮かべている。そのことがルヒトを敬遠させていた。
「どうかなされましたか?」
「あ、いえ」
 物思いに耽っていたルヒトはどこか訝しげな声で我に返る。今は孤児院へ届ける物資や資金を運ぶ車の警備についての話の最中だ。ルヒト手には明かされているルートとは別のルートの書かれた紙。無論こちらが本当のルートだ。
 もう一度最終確認を行い、ルヒトは席を立とうとする。そこへ1人のメイドが控えめに部屋へと入って来た。
「旦那様、孤児院の神父様の紹介で参ったと言う者が今門の前に・・・・・」
「そうか、神父様の紹介なら大丈夫だろう。紹介状は持っているのだろう?」
「はい、此方に」
 小声でのやり取り、メイドから出された封筒の中身にルヒトに断ってから目を通す。
 一通り目を通すと、レネダンはメイドにその者をここに通すようにと命じ、メイドは一礼をして退室した。
 しばらく後、先程のメイドに伴われて入って来た少女を見てルヒトは瞠目した。少女は間違いなく、繁華街でぶつかった少女だったのだから。
 少女は無言で低頭する。
「ラワと言うそうだな。紹介状に口が利けないとあったが本当らしい。制服は用意してあるから今日から頑張ってくれ。何か分からないところがあれば他のメイドに訊くが良い」
 少女は頷くともう一度お辞儀をし、顔を上げた瞬間にルヒトと目があった。少女も覚えていたらしくルヒトに向かってゆっくりと微笑んだ。綺麗な笑み、だがそれがルヒトの心に小さな染みを作った。







2003年06月18日(水)
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