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■ 偽りの裏側 −4−
明日も早いと言うことと、出掛けを狙われない為にもルヒトはそのひレネダン邸に泊まることになった。そうすると必然的にメイドとして甲斐甲斐しく働くラワが目に付くわけで・・・・黒の、袖が膨らんだクラシカルなワンピースのメイド服に身を包み、純白のエプロンを着けている彼女から目が離せなくなっていた。 やはり何かか引っかかるのだが、いくら考えてもその不確かな想いがはっきりと形を成すことはなく、時間は過ぎ、ルヒトは就寝を決め込んだ。 ばたばたとした1日だった所為かすぐに睡魔は訪れ、ルヒトを夢の世界へと導いた。 漆黒の闇の中、響くのは時計の秒針と静かな寝息。だが、曽於静寂を破るかのようにカタリ、と不確かな音が鳴る。 仕事柄、気配と物音に敏感なルヒトは重く圧し掛かっている瞼をゆっくりと押し上げた。サイドテーブルのライトを点けて時間を確認する。午前1時を過ぎたばかり。いくらメイドでももう眠りに就いているはずだ・・・と不信感が募る。 そっとベッドから抜け出して音を立てぬよう十分に注意を払い扉を開く。覗いた廊下に微かな蝋燭の光と黒い人影。直感でその人影がラワだと思った。気付かれぬように後を着ける。 全く音を立てないその彼女の歩き方に、やはり彼女が只者ではなかったことを確信した。 突き当りを右に曲がった所で不意に彼女の姿が消えた。360度見渡しても見るものの、姿を発見することが出来ず、その上自分の所在地すらも見当が付かない。あるのは大きな扉のみ。しかも都合の良いことにほんの少しだけ開いている。中からは人の声。 「・・・・・は、まだ見つか・・・のか?」 「はい、全力で・・・・ですが・・」 「アレが見つからないことには・・・は破滅の・・だぞ」 話し手が離れているためか上手く聞き取れない会話。それでもルヒトは耳を澄ます。話しているのはレネダンと1人の男。男は扉に背を向けているため顔を認めることは出来ない。が、そんなルヒトの耳に入った聞き捨てならない言葉。 「スズロと言う少年が・・・を持っている限り・・・・・」 バンッ 大きな音を立てて開く扉。驚いてルヒトを見たレネダンと男。殊更ゆっくりと室内に足を踏み入れながらルヒトは口を開く。 「今の話、私にもお聞かせ願いませんか?」 息を飲む2人。それでもレネダンはその笑みを絶やすことはなかった。 「話なら、俺からしてやろうか?」 緊迫する雰囲気の中、新たな声の乱入に一番驚いたのはルヒトだろう。それもその筈、その声は他でもないアワラの声だったのだから。 声のした方に視線を向ければ、扉に背を預け、腕を組んで此方を見ている・・・ラワの姿。 「お前・・・、口が利けないのではなかったのか」 口の利けないメイドが全く気配を感じさせず、いくら高めとは言えはっきりと男と分かる声で話しているのだ。先程までポーカーフェイスと言って良いほどの笑みを堪えていた男が浮かべるのは、まさに驚愕と言った表情。 「アンタがココに来るのははっきり言って計算外だったけど、まぁ都合は良かったぜ」 「・・・アワラ、だよな?」 未だ信じられないと言った声色。確認の意でした問いかけも心のどこかで否定して欲しいと言う思いがあった。 だが、ラワという少女がアワラだったとした場合、ルヒトの心の中に作られた小さな染みは綺麗に拭い去られるのだ。あの笑顔はアワラのソレと同じだったのだから・・・。 「アンタ警察の割には鈍いよな」 揶揄するような言い方。額に手を当て髪を掻き揚げるような仕草で鬘を外すと地へと投げ捨てる。現れた漆黒の短髪、紛れもなくアワラだった。 「お前・・・・その胸何入れてるんだ?」 ルヒトの言葉に、ほかに訊くこと無いのかよ!?と心の中でレネダンと男は突っ込みを入れる。 「コレ?姉貴に無理やりさせられたパッと入りブラ」 問われたアワラはと言うと、特にお構いないと言った様子で平然と答えつつもその時の様子を思い出し苦虫を噛み潰したような表情になる。
アワラが病院を抜け出して向かったのは自宅だった。 2件先がスズロの家と言うこともあり、警察の人間がいることを警戒したが知り尽くしている我が家だ。誰にも見つからずに侵入することなんて赤子の手を捻るように簡単なことだった。 「ミジュ姉、服貸して」 「アワラ・・・・」 ノックも無しに部屋を訪れた男に、部屋の住人・・・ミジュは驚きの視線を向けた。 ミジュというのは黒髪黒眼に象牙の肌の持ち主でいざと言う時に頼りになる、9歳年上の肝の据わったアワラの姉だ。小さい頃はスズロと三人でよく遊び、スズロも実姉のように慕っている。 「ヒトの部屋に来て第一声がソレ?他に何か言うことはないわけ?」 呆れた、額に手を当てながら呟くと、アワラに入るよう促し自分の向かいに座らせる。青で統一された部屋は、まるで空か海のようで温かくて落ち着けた。 「で、服がどうしたって?」 「・・・・貸して欲しいんだよ」 「私の服を?それってつまり・・・・・女装するの?」 「・・・・・・」 沈黙は肯定、ミジュの瞳に好奇心と言う名の輝きが宿るのに目敏く気付き、考え直そうかとも思ったアワラの思考は、ミジュに差し出された物体によって強制的に停止した。 「やっぱり女装するならこれくらい着けなきゃ」 語尾にハートマークでも付きそうなほど弾んだ声で物体を押し付ける。はっきり言ってからかっているとしか思えない言動は、アワラが物心付いた頃から変わらぬこと。面立ちからか、ミジュはアワラにやたらと女装させたがるのだ。 「イヤなら別に良いけど、服は貸さないわよ」 悪魔の囁きだ、とアワラは思う。これからの行動を考えれば、不本意ながら女装することは必要不可欠だ。他に服を貸して欲しいと頼めそうな人間も居ないし、買うなんて言語道断。 アワラは腹を括ると、アワラはミジュの手から物体―世間でブラジャーと呼ばれる女物の下着―を奪い、おもむろにトレーナーを脱いで装着する。 ホックが前にある、所謂フレンチホックで簡単に着けることの出来た下着に、姉の偉大さを改めて実感する。 「・・・着けたぞ」 「はいはい、服ね。何か要望は?」 「・・・シンプルであんまり目立たない服」 「了解」 立ち上がり、ゴソゴソと畳二帖分はあるであろう広さのクローゼットに収められた服を物色するミジュは、何か見つけたのか、あっ、と小さく声を発すると1着の服を引っ張り出した。 「これにしよう。装飾は一切付いてないし黒だし。アワラの場合は咽喉仏は心配しなくても大丈夫だとは思うけど、念のためにスカーフ巻いとけば完璧。あとはカツラと薄化粧で・・・」 ぶつぶつと呟く姉の言葉を耳に、アワラは何も言うことが出来なかった。
2003年06月21日(土)
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