| 2003年07月06日(日) |
ネオロマンスフェスタ5と現実と仮想空間の狭間で「追加」 |
昨日は随分、お見苦しい日記で失礼いたしました。ほんとは、その後にこの、ネオロマが来る筈だったんですが、時間がないし、今日はアシスタントの仕事だったので、遅くなるとやばいので書かずに寝てしまいました。
つーか、あんなの読んで混乱してる時にいくもんじゃないって事がわかりました。見方が斜めで、微妙に分析づいてて嫌でしたよ。あー、本当は日頃のうっぷんを晴らして、頑張る力をつけるつもりが、なんか現実見てきた感じで嫌なのですよ。
ネオロマンスフェスタとは、ゲーム会社『光栄』からでてる、ゲームソフト『アンジェリーク』と『遙かなる時の中で』の声優さんが出てくる、ライブショウです。この上の二つは、女性向けの恋愛シュミレーションゲームです。ちなみに、『アンジェリーク』は発売してもう11年くらい続いているお化けゲームです。
で、見てきて感じたことは、(好きな人はこの先読まないほうがいいかと思われます)この、ライブってゆうのは、『ゲーム』→『ライブ』←『現実』で、ちょうど真ん中に位置していてて、架空であるはずの、ゲームのキャラクターが、声優さんとゆう実際に役を演じる人に当てはめられている空間なんです。 つまり、ここの空間では声優=キャラであり、実際に存在するはずのないキャラクターがこの場では成立しているとゆう、何とも奇妙な空間なんです。
で、はじめはどうか分かりませんが、ここでの一番の光栄側のねらいとしては、もちろん『ゲーム』販売促進効果、および関連グッッの販売促進。 でも、これを成立させるには、この奇妙な仮想(ゲーム)と現実の狭間でキャラ=(声優)とゆう事を成立させて、最終的にその上で、『ゲーム』の仮想空間へお客を連れて行く事だと思うんです。
だけど、今回のネオロマンスを見ていると、この、キャラ=声優とゆうよりもキャラ<声優とゆう図式が成立してしまい、キャラを演じている声優のライブショウと行った感じがいなめなせんでした。 ちなみに、要因を挙げるとこれ。
�〔樵阿鮓討峪�に、『キャラでなくて声優』の名前を呼ぶ �▲薀ぅ屬如糞劼痢房�けをとるために、アドリブが多くなり、キャラが壊れる。 ��声優さんの中でも、あまりキャラを演じている(もちろん仕事としては一生懸命でそうゆう意味ではなく)とゆう事よりも、受ける方へ流れてしまっている。(関俊彦さんはそうゆう意味では、きちんと考えてくれていて、ファンサービスをしてくれるんですが) �だこΥ僂�中途半端 これも、何回もやっているから、マンネリ化を防ぐためにどれもしょうがない気もしますが。 �い呂箸�に、もともと『アンジェリーク』のイベントだったのが、それに『遙とき』が入ってきたので、どうしようもないんですが。
何より声優さんがたもすごい楽しそうだし、会場ももちろん熱気がすごいし、その意味ではすごい成功しているんでしょうが、 が、しかし、あたしがいいたいのは、キャラよりも声優さんが立ってしまっているとゆう現状。夢に飛ぶ(とゆうかゲームね)とゆうよりも、役を演じている声優さんを見にきた感じがいなめません。 ちなみに、割り切ってみにきている人は全く問題ないし、この空間でどれ程の人が『声優』をみにきているのか『キャラ』みにきているのかわかりませんが、しかし、夢見に来たら現実に戻されたって感じで、微妙でした。
つまり、『ゲーム』→『ライブ』→『ゲーム』とゆうながれを作って欲しい訳です。今秋にコーエーから『金色のコンコルダ』とゆう女性向けの恋愛SLGがでますが、今回そのその宣伝でビデオレターがあって、新人さんが挨拶してて「次はゲームで会いましょう」って一言があったんですが、これですよ。つまり、最後の挨拶でも、秋にアンジェリークの新作があるんだから、『次はゲームで会おうぜ、お嬢ちゃん』(これは、オスカーってキャラの台詞)って一言があればいいんですよ。それだけでも全然違うんです。 だけど、実際、堀内(このオスカーってキャラの声優さん)のあいさつは全然そんな事一言もないのです。いや、すごい感動的な話しでそれはそれでいいんですが、!!!『オスカーとしてではなくて、堀内さんとして』の感動なんですよ。(これ、例えで堀内さんをあげてるだけで掘内さんを責めてる訳ではないですよ、とゆうかほとんどみんなこうだったし)
だけど、それでいいのかよ光栄!!!ゲームにつなげろ!!ゲームに!!それで、お客さんは買う訳でしょ??
あくまで、自分じゃなくて、キャラを立たせないと!!!!
声優さんがたも、感動してたし、すごい楽しそうだから、あんまりこんなこといいたくないけど、ある声優さんが『また、来年もここで会いましょう』っていってたけど、それじゃダメなんだよ。『会いたくなったら、いつでもあなたの側に!!!』(つまり、自分がここにいるのは、声優の自分としてじゃなくて、あくまでキャラとしてとゆう自覚)ぐらい言わないと。つまり、声優さんが『与えられている側』になっちゃダメなんだよーーー。与える側なんだから!!!
今回それで、もう一個指摘したいのが、声優さんのトークショウで『告白されたい側』と『告白したい側』で分かれて、司会の人が「じゃあ、告白したい側の人は告白してみてください。」 って言ったときに、会場が盛り上がったわけですよ!!!それで、実際やった訳ですが、その相手が会場のお客さんに向けてじゃなくて「高橋直純」君をはじめ、告白されたい側の声優さんに向かって。 これは、有る意味、変化球な乙女の欲求を満たしてるけど、(えっ??)実際、盛り上がったけど、そうじゃないだろ!!!
お客に向かって言わなくて、どうすんの!!!誰の為に、何の為にやってるの!!!!
ゲームやってて思うのは、(後は周りの人みて思うのは)やっぱり、現実からの脱却だと思うのです。(マンガも、アニメもね)異空間にしろ、何にしろ。だから、前やってたネオロマのラジオで「井戸を見てたら、平安の都に行けないかと思いました」って投稿があって、(これは、『遙かなる時の中で』で主人公のあかねちゃんが井戸に吸い込まれて、平安時代の京へいくってゆう設定なんです。)三木さんは「んな訳ねーだろ」とかなんとかつっこんでたけど、そうじゃないの!!!
みんな、そんなの無理だってわかってるけど、本当は半分くらいそう思ってるんだよ。(特に、高校とか中学頃の女の子はね、)それで、夢みながらゲームやって、ゲームはそれに答えて『夢』を与えてるわけ!!
その間の狭間のライブで『ゲーム』につなげないで、『現実』(つまり、役を演じている声優さん)をみせてどうすんだよって事を一番いいたい訳です。(繰り返しになりますが、そうゆうのをふまえて、声優さんが好きできてる人もいますから、これは私の個人的な意見ですが。)
今回の声優さんの中で唯一そうゆうのをふまえてきちんとフォローを入れてくれたのが関俊彦さん。
関さんはもともと、すごいサービス精神があるので、相手が何を望んでいるのかが分かってて、それに答えてくれるんです。(他のイベントでもね)
そこが、一番今回欲しかったところかもしれません。
これだけ、回数(今回で五回目だけど、アンジェだけの足したらもっといっぱいある。)重ねると、マンネリ化とかいろんな問題があるかもしれないけど、キャラじゃなくて声優さんが立っている事(特に、高橋直純君とかね。でも、このこは、声優とアイドルの間にいるから自然とキャラ(ゲームじゃなくて、直純君としての)がたちゃうから仕方ないっていえば仕方ないんじゃが/)に疑問をかんじます。だったら、ネオロマでやんなくてもいいじゃん。って思うよ。ほんと。
いつのまにか、現実→ライブ→ゲームのはずが、ライブがこの間から独立して、違う空間を創り上げてしまったとゆう感じです。それは、それでいいとゆうか、しょうがないとゆう気もします。
で、実際に、広告や販売(プロモーション)につながってるし、ライブビデオも売れてるから微妙ですが、ゲーム会社なんだから、『夢』をつくってくれよ、『夢』を。
あと、「声優ーキャラ論」(人気があるのはどっちだ??)ってゆうのも、これ考えてて思いついたんで、(つーか、まさにこれ)そのうち書きたい。 これも、アニメ特有の現象だと思う。つーか、このネオロマで卒論書こうかしら??FWもしやすそうだしね。でも、ゼミで発表したくないな。
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