│←母の涙と5�泥肇薀奪�の関係は?→│
嗚呼、どうしたらいいのか。 詳しくは明日の日記に書きます。 ______________________________
閃いた。
私は、「自由」になろうと、そう思った。
自由を何より恐れているが、しかし、自由にならなくちゃって思った。 そろそろ心を開放してあげなくちゃって。 濡れている時は、雨を恐れたりしない。 それによって何かが変わるわけじゃないから。 こんな考え方は、全くおかしいのかもしれないけど。
なにより私は、 「自由」という言葉に縛られていたんだと。 だから、そろそろもうやめなくちゃと思った。 私には私なりの「考え」や「感性」がある。それで、良い。 「私」は「私」。 それはいつも変わらない。だから、私なりの感性で、私なりの「自由」で、 生きたいと思う。私は馬鹿だけれど。「馬鹿」だと気附けただけで、まだマシなんだと。 私は、私なりの考えを他人にきちんと伝えなくてはならない。 それが良い事だって思ったわけじゃない、 それが私自身の何より大切な意見だから。 馬鹿みたいなことがあったっていいんだと思った。 それを馬鹿みたいな方法で、静めるほうがもっとずっと馬鹿だ。 自分が馬鹿よばわりされたっていいと感じた。 それは何より、自分が馬鹿にならないための助言だ。
後に逃げる事を笑うのなら、前に逃げてやる。 人はそれを「進む」といい、褒め称えるでしょう。 縛られたままでも、怖いままでも、苦しいままでも、馬鹿なままでも、
誰にも譲れない物ができた。 私には私なりの信念がある。 誰にも渡せない大切なものができたとき、 人はそれを「自由」と呼ぶのだと、知った。 私は私なりの感性で、意見で、信念で。私なりに生きていこうと思う。
それが、私だ。§2003年12月10日(水)§ |