部長motoいっぺい
DiaryINDEX|past|will


2003年03月31日(月) 気に入ってくれたようで・・・

今日は取引先主催による駐在1号の送別会のため、ほろ酔い加減で帰宅。
というわけで、小話を一つ。

昨日の日記に書いたように、娘の「幼稚園グッズ」として、Doraというキャラクターのカバンを買った。
カバンはショルダーベルトで背負うことが出来る、小さなキャリーバッグ(ローラー付き)に、ランチボックス入れとなる、さらに小さなバックパックがついているものだ。

僕はいつも寝る前に、子供の部屋に行って布団がキチンと掛っているかどうか確認するのだが、昨夜子供の部屋に行った時は、ベッドの横にこのカバンがチョコンと置かれていた。
よほどカバンを買ってもらったのが嬉しかったようだ。

今日の朝は、いつものように娘が起きる前に会社に出かけてしまったのだが、帰ってきてから嫁に聞いた話しでは、

朝、小さなリュックを背負い、キャリーバッグを転がして、ニコニコしながら起きて来たとのこと・・・。


どうやら、本当に気に入ってくれたようで・・・(汗)


2003年03月30日(日) 新入園グッズ

午前中は昨日に引き続き、今日も新駐在1号の家探し。
といっても、今日回るエリアは第一希望のエリアではないので、第一希望エリアで納得のいく物件が見つからなかった時の保険として、とりあえず写真だけ撮ってまわる。

午後は買い物。
4月から、日本語補習校の幼稚園部に入園する娘のために、カバンと文房具を買いに行く。
アメリカの学校の新学期スタートは9月なので、この時期新入学グッズはとても少ない。
土曜日、日曜日といくつかのお店を回り、今日はやっと娘の好きそうなカバンが見つかった。
カバンについているキャラクターは「Dora」
Nickelodeonという子供チャンネルで放映されている教育番組のキャラクターだ。

お気に入りのDoraのカバンを買ってもらった娘は大喜び。
レジのお姉さんに向って、
「これ、私のカバンなの(嬉)」
などと、ごくごく普通に話しかける。
わが子とは思えぬ英語力に、夫婦してひとしきり感心する。

調子にのった娘から、おまけにこんな替え歌も飛び出す。

「まいごにならない、○○○ちゃ〜ん♪」
(犬のおまわりさんのフレーズで)



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月29日(土) タイヤ交換&家探し

もうすぐ3月も終わりなので、今日の午前中はスノータイヤをノーマルタイヤに交換に行く。
スノータイヤを買ったところで交換すれば、交換料はタダだと聞いていたのだが、交換完了後に50ドルもとられた・・・。

「お金を払わなくちゃいけないの?」

と聞いてみたところ、タイヤをホイールから外して保管していた場合は、ホイールバランスを取り直さなければならないため、お金を取るのだという。

日本でタイヤを保管する時は、ホイールごと保管しておくことが多いと思うのだが、こちらでは特に指定しなければ、タイヤをホイールから取り外し、そのホイールに新しいタイヤを取り付けることになる。
つまり「日本式」であれば交換料は不要だが、「アメリカ式」だと交換料が発生するということだ。

まあホイールごと保管する場合には、2セットのホイールが必要なわけで、それはそれでお金がかかるのだが、なんだかちょっと騙されたような気がした。


午後は新駐在1号の住居候補地を巡り、デジタルカメラで写真をとる。
当然ながら、新駐在1号の家賃補助額の方がヒラ駐在の僕よりも多いので、かなり大きな物件や、眺めの良い物件が多かった。

今日は7件ほどまわっただけだが、この分だとお気に召す家を選んでもらうことができそうだ。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月28日(金) 寝室論、再び

新駐在1号がご家族と一緒に、家探しと学校の手続きのために渡米してくることになった。
駐在1号にはお子さんが3人いるが、一番上のお嬢さんは既に大学生になっており、日本に残してくると言う。帯同するのは奥さんと2番目のお嬢さん(こんど高校3年生)と、末っ子の息子さん(今度中学2年生)である。

とりあえずレンタカーとホテルの予約を、秘書のスーにお願いした。

「何人で泊まるんですか?」

と聞かれたので、

「親子で4人だから4ベッドか、3ベッドに1エクストラベッドの部屋が良いんだけど」

と答えたところ、

「じゃあ、3ベッドで良いんじゃないの?」

と怪訝そうな顔をするスー。
僕は、「あぁ、子供が小さいと勘違いしているんだな」と思い、

「子供二人っていっても、もう大きいからそれぞれベッドが必要なんだよ」

と答えた。
ますます怪訝そうな顔をするスー。

「だから、子供に1つずつと夫婦に1つで、3ベッドで良いじゃない・・・」

「をを!」


ここで僕はやっとスーが「3ベッドで良い」と言っている意味を理解し、以前にキャサリンさんにも夫婦が別々のベッドを使っていることを驚かれたことを思い出した(この日記参照)



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月26日(水) ジェームス(機関車トーマスより)

今日家に帰ると、息子が僕あての手紙(メモとも言う)を持って出迎えてくれた。
手紙には、

きかんしゃジェームスがこわれたので、日本でかってきてください

と書いてあった。
機関車ジェームスとは、機関車トーマス(英語名:Thomas, the Tank Engine)に出てくる赤色の機関車で、わが家にはプラレールのジェームスがある。
これは、僕が数年前にロンドンに出張に行った時に、お土産として息子に買って帰ったものだ。

プラレールのジェームスは、機関車の部分にモーターが配置されているが、電池は石炭庫の部分に配置されており、その間は電線でつながれている。
以前からその部分は壊れかけていたのだが、どうやらとうとう電線が切れてしまったらしい。
アメリカにもプラレールは売ってはいるものの、日本やロンドンほど大々的には店にならんでいないため、セット以外のプラレールを買うことは難しい。
(西海岸各地での経験談)

このジェームスはロンドンで買ってきたものであることを息子に伝えたところ、息子は僕に、

「アメリカとロンドンは似ているのに、どうしてアメリカにトーマスのプラレールは売っていないの?」
↑どこを見て似ていると思ったかは不明・・・

と尋ねて来た。僕は、

「機関車トーマスは、イギリス生まれだから、ロンドンにはいっぱいトーマスのオモチャがあるんだよ」

と教えてあげたところ、とても驚いていた。
息子はトーマスにひかれて、

「僕もロンドンに行きたーい!」

とおねだりをしたのだが、お金が無いという理由で却下した。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月25日(火) 息子の本音

今日家に帰ると、帰国を明日に控えたMさんの奥さんと、息子の友達であるI君、その弟のK君の3人が、わが家を訪れていた。
訪れていたというよりは、ウチの嫁が夕食を一緒に食べないかと誘ったらしく、お好み焼きをみんなでつついていた。

夕食を食べ終わった子供たちは、2階でキャーキャーいいながら楽しそうに遊んでいた。

8時頃に最後の仕事を終えたMさんが、ご家族を迎えにいらっしゃったところ、それまで騒いでいたウチの息子が突然泣き始めてしまった。日本語補習校でこの1年間、一緒に遊んだり宿題をしたI君と、もうしばらくは会えないと言う事を嫁から聞いていたようだった。

家の外までMさん一家を見送ったとき、I君は早々に車に乗り込んでしまったのだが、ウチの息子が泣いていたためMさんがI君を車から一旦おろし、息子と握手をさせた。
偶然ではあるが、Mさんの奥さんの実家と、ウチの嫁の実家は自転車で行けるほど近いところにあるため、今度はそこで会おうと約束してサヨナラをした。


その後、息子と一緒にお風呂に入ったところ、

「今度日本の学校と、アメリカの学校が休みになるのはいつなの?」

と息子が訪ねてきたため、

「8月は夏休みでどっちの学校もないけど、今年はサマーキャンプに行かなきゃ!」

と僕は返した。
息子は以前からサマーキャンプに強い興味を持っており、そのことを持ち出すことで日本への里心を抑えることができるのではと思っていた。

確かにその読みはあたっていたのだが、サマーキャンプの話をしている時に、日本の幼稚園の最後の思い出である「お泊り保育」のことを思い出したようで、また泣き出してしまった。。。

お風呂からあがった息子は、嫁に向って、

「お泊り保育から帰ったら、お父さんが「アメリカに行く」って言った〜(泣)」

「どうしてお父さんはアメリカでお仕事しなきゃならないの!?僕はアメリカに来たくなかったのに〜(泣)」

「だって僕、英語もちょっとしかわからないし〜(泣)」

といって泣いていた。


渡米から1年半以上経ち、ボチボチと英語でのコミュニケーションが取れ始めたとはいえ、やはり「言葉が通じない」世界の中で暮らすストレスというのは、相当なものなのだなと痛感させられた。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月24日(月) 相槌&送別会

先週に引き続き今日も終日会議。
先週一緒に会議に出ていたのは同期のIだったが、今日はTさんと一緒に会議に参加する。

Tさんは数年前にアメリカに3年ほど赴任したことがあるのだが、正直言ってIと英語のレベルは変わらなかった。
ちょっと気になったのは、相手の話を聞く時にしきりに相槌を打つこと。

僕の経験上、相槌を打つということは「相手の意見に同意」するということを意味するのだが、Tさんはひとしきり相槌を打った後に反論をしたりしていたので、少々相手も困惑しているようだった。
英語を聞き取れなかったり反論があるときには、むやみに頷かないほうがその後の会話がスムーズにいくと思う。

夜は3月末で日本に帰国する3名の送別会。
タイ料理レストランに行ったのだが、いつもよりも辛くてビールが進む。このままでは帰りの車の運転が危ないなと思い、途中から水に切り替えたのだが、おかげでお腹がちゃっぷんちゃっぷん言っている。

風呂に入って早く寝よう。


2003年03月23日(日) マクドナルド

今日のお昼は家族でマクドナルド。
飲茶に行こうと嫁と話していたのだが、車に乗ってお昼ごはんの話が出たとたん、子供たちは完全にマクドナルドモード。
最近行っていなかったこともあり(安くあがるという話もあるが・・・)、結局マクドナルドに行くことにした。

この辺のマクドナルドは、どの店も子供向けの遊具(ジャングルジムみたいなもの)が併設されており、食べ終わった子供たちが遊ぶことが出来る。
加えて今日行った店には、テレビゲーム(Nintendo 64)が備え付けられていた。

マクドナルドを食べながら、

「マクドナルドはアメリカの象徴的なものの一つだから、戦争中はこない方がいいのかな?」

「そりゃあそうだけど、こんなとこわざわざ狙わないわよ」

などという会話を夫婦でしていた。

アメリカの象徴として何かと狙われる(特にアメリカ以外の国で)マクドナルドだが、今回のイラク戦争に関しても、非買運動や国外のお店が狙われたというニュースを聞いている。

マクドナルドって損な店だよなぁ〜

と思っていたら、レジのところにこんな張り紙がしてあった。


We support our Troops
(私たちは米軍を支持します)




こりゃ、確かに狙われもするわな。。。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月22日(土) 同期会?

今週から来週にかけて日本からの出張者が多く、その中には僕の同期入社組も数人含まれている。
せっかくの機会なので、わが家にお招きをすることにした。

当初の予定では同期3人がわが家を訪れる予定だったのだが、イラク戦争の影響でS氏はやむなく本日帰国することになり、残ったI氏およびK氏と、K氏のドライバーとして同期ではないが研修生のS君がわが家に集まった。

今日の午前中まではソファーがなかった我が家であるが、10日前に発注しておいたソファーがちょうど今日届くことになり、ずいぶん以前からわが家にあったような顔をしてソファーがリビングにセットされることとなった。

I氏は今度の6月に帰国する研修生の後任となることを強く希望しているのだが、まだ誰が研修生となるかは決まっていない。
I氏によると、奥さんもアメリカに住むことに積極的なようで、希望通りこちらに赴任できれば良いのになぁ・・・と思うが、こればかりは僕の権限ではどうしようもない。

I氏もK氏もそれぞれ二人ずつの女児持ちであり、わが家の子供たちを可愛がってくれた。会社で見せる顔とはまた違った一面を見ることが出来て、なんだかとっても不思議だった。




↑エンピツ投票ボタン


2003年03月21日(金) 会議漬けの一週間

今週一週間は、毎日終日の会議に出席。
日本語での会議でさえ、二日も続けばうんざりするが、まして英語での会議が続くと思考能力は確実に低下する。

とはいうものの、今回は来年夏に完成する製品に関する初回の調整会議であり、ここできちんと役割分担をしておかねば、後々面倒になることはこれまでの苦い経験から明らかであるため、気を抜けないミーティングであった。

僕の会社はその製品のユーザーであるため、日本の感覚であれば製品を納入する側にプロジェクト・マネージメントを任せておけば良いのだろうが、任せておくと確実に納期はぶっちぎられる(笑)
ましてこの製品の製造には、アメリカはもとより、イギリス・ドイツ・フランスのメーカーが関わっているため、それぞれの会社に「あなたの仕事ですよ」ということを明確にしておかねば、問題が出た時にすぐに責任の押し付け合いになる。
責任の所在が明確であったとしても、その時になって最終的に「被害」を被るのは結局ユーザーである僕達であるため、今のうちからプロジェクト・マネージメントに、深く関与しておく必要がある。

どの段階でどういったリスクがあり、そのリスクを回避するためにどういったスケジュールで、どういう役割分担でプロジェクトを進めていくのかを、可能な限り想像力を膨らませて考える作業はとても疲れるものだが、会議が終わって議事録としてものになった時には、達成感を感じる。

もっとも、それに基づききちんとした製品が納期までに納品されることが、一番大切なことであるのだが。


2003年03月19日(水) The War is ON.

とうとう戦争が始まった。
願わくば、

・一日でも早く戦争が終わりますように。
・一人でも死者が少なく済みますように。
・一人でも非戦闘員の死者が少なく済みますように。
・一人でも多くのイラク国民が「幸せ」に暮らせる国になりますように。


2003年03月18日(火) 手裏剣

今日、嫁が娘のプリスクールにボランティア(先生のヘルパー)として行き、何気に折り紙を作ってあげたところ、子供たちにバカウケしたそうだ。

日本の折り紙が「ガイジン」受けするのは知っていたが、4、5歳の子供までが「ORIGAMI」という言葉を知っていたということには驚いた。

いろいろ作ってあげた中でも、一番人気は「手裏剣」。
嫁いわく、割と簡単に作ることができ、形も整っているからだろうとのこと。

子供たちが、嫁のところに手裏剣を持ってきて、

「これなあに?」

と聞いたのだが、手裏剣の英訳が思い浮かばず、嫁は

「STAR...」

と答えたそうだ。
ちょっとだけ、日本の文化が間違って伝わったようだ(笑)



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月17日(月) She can't speak...

息子のElementary Schoolでのこと。

在米歴1年半ともなると、子供たちはずい分と英語を怖がらずに話すようになる。
僕から子供たち見ると、まだ「どの程度理解しているか」は、正直分からないのだが、ずい分と状況は把握できているようだ。

また、母親が英会話で苦労しているというのも、うすうす勘付いているようで、先日学校の事務員から嫁が話し掛けられて、うまく答えられなかった時に、横から息子が、


「Sorry, she can't speak English!」

とか、ヌカシタらしい。。。


いくら英語で困ってても、アンタよりは分かっているわヨ!(怒)by 嫁



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月16日(日) 浄水器取り付け

先日来、数回登場して頂いている、まもなく日本に帰国するMさんから浄水器を頂いた。

日本での生活を含め、これまで浄水器などという小洒落たものは使ったことは無かったのだが、なにしろタダで高価な浄水器を譲ってもらえるということなので、この機につけてみることにした。

昔は「日本人は、水と安全はタダだと思っている」と言われていたが、最近は「安全」はそうでもないのだろうが、今でも水はそうだと思う。
幸い、僕の住むエリアでは、日本と同じまたはそれ以上美味しい水を飲むことが出来るので、これまでミネラルウォーターを買ったり、浄水器をつけたりする必要は無かったのだが、以前にラスベガスに行ったときは「ここで生活するのなら、浄水器は必要だろうな」と思ったことがある。

ラスベガスで水道水を飲んだわけではないのだが、シャンプーをした後、明らかに髪の毛がゴワゴワしたのを覚えている。
ガイドブックによると、硬水(カルシウム分を多く含んだ水)のためそうなるとのことだったが、「この水で米は炊きたくないなぁ」と思った。

本題の浄水器の効果だが、非グルメであることを一種の誇りに思っている僕に、その効果を実感させるのは難しいと思う。。。
(非グルメ=僕が嫁に感謝される、数少ないポイントの一つである(笑))


2003年03月15日(土) 子供と過ごす土曜日

結局娘は、火曜日から金曜日までプリスクールを欠席。
とはいうものの、火曜日と水曜日に吐いた以外は、結構元気にしていたようで、家でお母さんと一緒に過ごせてご機嫌だったようだ。

ここのところ家でわがままを言ったり、プリスクールで先生の指示に従わなかったりと、問題行動が多かった娘であるが、嫁によると今週は家で「良い子」だったとのこと。
やはりいろいろな意味で、彼女なりにストレスを受けていたのかなとも思う。

そんなこともあり、今日は一家でお散歩(子供たちは自転車)。
いつもなら車で出かけるところだが、いつもよりは暖かかったこともあり、2マイルくらいの距離をジムまでお散歩。

子供たちは日本にいる時よりも自転車に乗る機会が少なく、娘はまだ補助輪をつけたままなのだが、去年よりも脚に力がついたようで、少々の坂道ならばペダルをこいで登っていく。

ジムには子供のプレイグラウンドがあり、そこで息子と娘と3人で野球(もちろんプラスチックのバットとボール)。
息子は完全な左利きだと思っていたのだが、どうやらボールを投げるのは右手の方が楽そうだということに初めて気づく。

もうすぐ雨の季節も終わり。
今年の夏は、何をして子供たちと過ごそうかな。


2003年03月14日(金) I missed bus.

昨日のこと。

息子が帰りのスクールバスに乗り遅れたとの連絡が、学校のオフィスから自宅に入った。
嫁が車で学校に迎えに行くと、立腹顔の息子がオフィスで待っていたらしい。

息子によると、友達の家に一緒に行って遊ぼうと誘われたらしいのだが、迎えに来たお父さんがノーと言ったらしい。そうこうしているうちに、バスが行ってしまったのだそうだ。

そのお父さんがノーと言った理由は、子供の親の許可なしに勝手に子供を家に招いたりすることは、一種の犯罪行為とみなされるためなのであるが、まだ息子はその辺を理解していないらしい。

バスが行ってしまったので、仕方なく息子はオフィスに行き、

「I missed the bus!」
(バスに乗り遅れた!)

と申告したらしいのだが、どうやら息子は「バスに乗り遅れた時はそう言えばよい」ということは知っているものの、"missed"がどういう意味かは知らなかったらしい。

嫁が迎えに行くと、「I missed bus!」とオフィスのおばさんに言ったことを嫁に説明したらしいのだが、友達の家にいけなかった悔しさもあり、ぶつぶつと文句を言い続けたらしい。

その文句の中に、

「だいたい、"missed"ってどういう意味だよ!わっかんねぇよ!」

「ミスってどう書くんだよ! M・I・S・Sか!?」

「じゃあ、女の人じゃねぇか!」


「なんだよ、それ!」


一人でボケて、一人で突っ込んでいる息子を見て、嫁も笑いをこらえ切れなかったらしい。


2003年03月13日(木) 今シーズンはよく風邪をひきます

火曜日の朝起きると、いつもはお寝坊さんの娘が僕よりも早く起きていた。

珍しいこともあるものだなぁ・・・、と思っていたら、朝ごはんをあまり食べようとしない。ちょっといつもと様子が違うなと思っていたら、急に食べたものを戻してしまった。

あれれ・・・と思いつつも、とりあえず僕は会社に行く時間になってしまったので、会社へと向う。
会社から家に電話をかけて様子を聞いたところ、その後も断続的に食べ物を戻し、熱も若干あるので、病院へ行くとのこと。

夜、家に帰って診断結果を聞くと、やはり風邪だろうと言われたとのこと。
実はその時点で僕も若干胸焼けがしていたのだが、「もらいゲロ」の類かなと思い、あまり気にせずに床についた。

その夜、猛烈な寒気で目を覚まし、とりあえずその辺にあった毛布を寄せ集めて暖かくしてから寝る。
翌朝起きた時の調子は最悪だったのだが、どうやらそれほど熱があるわけでもなく、また吐くほど気持ちが悪いわけでもなかった。

幸い、その日の午前中は、嫁のコミュニティー・カレッジの最終日のため、僕が娘の面倒を見るという理由で、半休をとっていた。
娘の面倒をみる半休のはずが、自分が寝込む羽目に。

午前中は娘はテレビを見て過ごし、僕はその近くで横になっていた。(一応、娘が急に吐きたくなった時のために、近くにいる必要あり)
娘はいわゆる「教育テレビ」を見ていたのだが、テレビの問いかけにきれいな英語で受け答えをしていて、わが娘ながら、

「カッコええなぁ・・・」

と思ってしまった<親ばか

午前中寝て過ごしたおかげで、午後はなんとか予定通り出社。
午後はなんとか会社で過ごし、家に帰ってからは爆睡。

おかげで体調自体はずい分良くなったのだが、どうやら胃の消化機能が働いていないようで、胸焼け自体はおさまらない。

今シーズン3回目の風邪引き。
どうやら外れ年らしい。


↑エンピツ投票ボタン


2003年03月11日(火) 車の売買

先日、帰国セールをお手伝いしたMさんは、ご夫婦で2台の車を持っている。
1台は社用車としてリースしていた車のため、リース元に返却すればよいのだが、もう1台は自分名義の車のため、帰国までに車を売らなければならない。
(1台でも社用車が提供されるのはウラヤマシイ・・・)

これもインターネットの掲示板で売ろうとしているのだが、問い合わせはあるものの、さすがに成約までは至らないらしい。

そこでウチの新駐在1号に、「売りに出てる車がありますよ〜」とメールで案内を出した。新ボスは興味を示したものの、結局はご遠慮させていただく旨のメールが入った。

そのメールには、

・会社に行く車はセダンタイプを希望

・奥さんの車はリッターカー(1000ccの車)を希望

というお断りの理由が書かれていた。
そこで、僕は新駐在1号に、次のようなメールを返信した。


車の件、了解いたしました。先方にそのようにお伝えいたします。
ところで、奥様用にリッターカーをご希望とのことですが、
この大味な国には、リッターカーなどというものは存在しません。



翌日、新駐在1号から、車について再検討をするとのメールが届いた(笑)


2003年03月10日(月) 連れて行けるか・・・

私信を二つ。

サフラン様、やぎママ様。
本日例のものを無事入手しました(所要5日!)
そのものズバリが届いたので、再度カンドー致しました。
アメリカは、イギリスよりは対応が良いようです。
(↑めちゃ、短絡的(笑))

こあら様。
本日例のものを無事入手しました(所要3日!)
日記を書いたあとに嫁と楽しみたいと思います。




昨年、単身アメリカに渡ってきた駐在2号。母であるが、今年は父をお供に従えて再びアメリカに攻め込んでくるらしい。
母いわく、8月上旬に僕の姪っ子と一緒に3人で来たいということだったのだが、姪っ子は今年やっと小学校1年生になる子供。父母と離れて、爺婆と3人で時差のある海外旅行ができるとは、とても思えなかった。

しかし言い出し始めたら、何やかんやと理屈をつけて自分のやりたいようにやるのが、駐在2号。母だということは、もうン十年間の息子業を通して知り尽くしている。(昨日の日記にある、「欲しい!」と思ったものは、なんやかんやと言い訳をつけて手に入れる僕の性格は、完全に母譲り(笑))

嫁も、そんな義母であるということは、10年弱のお付き合いの中でとっくに承知をしているので、僕が母にメールを出して、「姪っ子のを連れてくるのには無理がある」と助言した時も、聞き入れられるとは思ってもいなかった。

しかし、である。
そんな母が、

「やっぱり姪っ子を連れて行くのは、ちょっと無理そうなので、お父さんと二人で行こうかと思う」

と僕に電話してきたのだ。
その話を僕から聞いた嫁は、

「お義母さん、どこか悪いんじゃないの?」

と、驚くよりも心配していた・・・。

昨日の僕の判断といい、今日の母の判断といい、嫁にとっては信じられないことが二つ続いたようだ。


↑エンピツ投票ボタン


2003年03月09日(日) どちらにするべきか・・・

昨日の日記で書いたように、「高い」ソファーの購入を諦めたことを嫁に伝えたところ、とても意外だというような顔をしていた。
無理も無い。結婚してから今まで、「欲しい!」と思ったものは、なんやかんやと言い訳をつけて買ってきた前科が僕にはある。

そんな訳で、今日は改めて家具屋さん巡り。
今日のお昼頃に、いままで使ってきたソファーは引き取られていったため、いまのわが家のリビングにはソファーがない。2週間後にはお客さんを招こうかと思っているので、それまでにはソファーを搬入せねばならない。

家具屋さんが多く集まっているエリアに行き、次から次へとソファーを見て回り、結局最後に行った家具屋(先日1回行った家具屋)でよさげなソファーを見つけた。
が、ここに来てまた一つ判断に迫られた。
というのも、二人がけのソファーにするか、三人がけのソファーにするかという判断である。
日本に帰ることを考えると、二人がけと三人がけのソファーをセットで買うことはできない。元々は二人がけのソファーを買おうと思っていたのだが、どちらか一つだけならば、ちょっと大き目の三人がけの方が良いのではないか?と思い始めたのだ。
(二人がけと三人がけで値段はそれほどかわらない)

結局その場では結論が出ず、家に帰ってから日本の自宅の図面を確認することにした。
家に帰って図面を確認したところ、「まあ三人がけを持って帰ってもなんとかなる」と言う結論に達したため、後日そのソファーを購入することにした。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月08日(土) 買うべきか買わざるべきか・・・

わが家のリビングにあるソファーは、赴任して割とすぐに購入したものである。
しかし最近クッション(FUTON)がくたびれてきたことと、このまま日本に持って帰れないサイズだということもあり、もうちょっときちんとした小ぶりなソファーが欲しいなぁと思い始め、最近家具屋をまわり始めた。

僕の希望は「皮のソファー」、それもしっとりとした皮のソファーなのだが、この手のソファーはとても高い。
ウチの嫁は基本的には高額の買い物を好まないため、あまり良い顔はしない。
とはいうものの、一家の家計を支えているのは僕の収入なので、絶対にダメ!と言うこともしない。

唯一条件として出されたのは、

「今のソファーを処分してからでないと、新しいのは買っちゃダメ」

というものであったため、先日Mさんの帰国セールで使ったBuy & Sell掲示板を使って、一人暮らしを始める学生さんに今のソファーベッドをお譲りすることにした。

これで条件はクリアしたのだが、僕が一番気に入ったソファーの値段は、日本に住んでいた頃ならば、「買おう」の「カ」の字も出ないような値段なので、僕も躊躇しているところだ。

どうも、ドル建てになると、気が大きくなってしまうようでいけない。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月07日(金) 帰国セール(後編)

掲示板に書き込んで、ものの5分もしないうちに、商品に関する問い合わせのメールが3通も入ったので、僕達はとても驚き、興奮した。

どのメールも、商品の写真を送って欲しいというものだったのだが、まだ写真を撮っていなかったため、翌日嫁がMさん宅へ写真を撮りに行くことになった。

翌日。

夕方メールを確認したところ、問い合わせは18件に膨らんでいた。
問い合わせられた質問に回答し、商品の写真を添付して返信した。
また、以前その掲示板上で、「取りに行ったのに、先に売られていた」といった類の苦情があげられていたこともあり、以下のようなルールをメールに書き込んだ。


【お取引の手続きについて】

本日3月5日夜から明日3月6日午前8時までは、購入希望をメールでのみ受け付けます。3月5日夜のお電話はご遠慮ください。
3月6日午前8時以降は、電話での連絡のみとさせていただきます。

現物を見る・見ない、メールか電話かに関わらず、一番早くに明確に購入の意思表示をされた方にお譲りすることとし、その品目に関してはそれ以降の案内は行わないものとします。

現物の確認をされる前に購入の意思を示される方は、相当の理由(ものが壊れていた・こちらの案内が間違っていたなど)がある場合を除き、購入されるようお願いいたします。
(購入の意思をお聞きした段階で、以降の他の方の問い合わせには応じないため)

現物を見るまで購入するかどうか決められないという方は、お越しになる前に売却済みか否かについて確認をされることをおすすめいたします。
(ただし、その電話以降、お越しになる前に売却が成立した場合については、ご了承ください)

3月6日以降は、午前8時から午後9時半の間に下記までお電話でご連絡ください。

123-456-7890(M)



18件の問い合わせ全てに返事を出すのに約1時間かかったのだが、その間にソファーセット、本棚、テレビに対して「購入したい」という申し込みが3件あった。
ルールどおりそれらについては、以降の案内はしなかった。

翌日は朝からMさんのご自宅に電話が入り始め、掃除機やコピー機がさらに売れたのだそうだ。
Mさんのお役に立てたようで、ちょっと自己満足。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月06日(木) 帰国セール(前編)

昨日は日記を更新できなかった。
が、ちょうどいい機会なので、時差による日記の日付けのずれを修正する。
(これまではこちらの日付の1日先の日付で日記を書いていた)

というわけで、今日の日記は日記の表記のとおり、こちらの3月6日(木)に書いている。




日記を休んだ理由は2日ほど前から「とある事」にはまっていたからである。
その「とある事」というのは、帰国セール。

帰国セールとは、その名の通り日本に帰ることになった人が、もって帰らない家具や電化製品を、ほとんど投売りのような値段で周りの人に売ることを言う。

もちろんわが家の帰国セールではなく、息子の補習校の同級生のMさん一家が帰国することによる帰国セールである。
しかし、なかなか思うように売れなかったらしく、Mさんの奥さんから相談を受けた嫁が、

「インターネットの掲示板に書いてみたら?」

とアドバイスしたらしいのだ。

僕の住む街には、地元の日本人の中ではかなり有名な日本語のウェブサイトがあり、結構なアクセス数がある。
そのウェブサイトの中にある「Buy & Sell」コーナーに書き込みすることを嫁が提案したのだ。

しかしMさんの奥さんは、あまりインターネットに明るくないらしく、結局ウチの嫁がMさんに代わって掲示板に書き込みをすると約束してきたらしい。

家に帰ると、嫁が

「どうやって書き込むの?」

という初歩的な質問を持って僕を待っていた。。。
もちろん、掲示板に書き込みをするだけならば、簡単に出来るのであるが、こういった物の売り買いを掲示板で行う時には、いくつか気をつけないといけない事がある。
彼女はあまりそのことを考えたことがなかったらしく、「電話番号を書いておけば、買いたい人から連絡が来る」ぐらいの感覚でいたようだ。
(日記を読んだら本人から否定のコメントが来そうだが(笑))

もちろん、そんなところに電話番号を書いた日には、昼夜構わず相当数の電話が鳴ることは覚悟せねばならない。

注意事項としては

・電話番号や氏名などの個人情報は絶対に公開しない
・公開するメールアドレスはフリーアドレスにする
・売り買いに関するルールを明確にしておく

といったところだと思う。

とりあえずフリーメールアドレスを取得し、掲示板には売り出す品目および金額を書き込み、フリーメールアドレスへの連絡を待った。

(続く)


2003年03月05日(水) 正しいITの活用例

先日、冷蔵庫のドアについているドリンクホルダー(プラスチック製)が壊れた。
接着剤で直そうとしたが、やはり繰り返し負荷がかかる場所のため、部品を交換することにした。

白物家電は、シアーズというお店が手広く扱っているため、近くのシアーズに行ったが、部品は別のパーツセンターというところで扱っていると言う。
そこで、近くのパーツセンターを探すために、インターネットでhttp://www.sears.comにアクセスした。


(ここからは別ウィンドウで、皆さんも一緒に体験してみましょう!)


は〜い皆さん、先生に注目せずに、コンピューターに注目!
コンピューターに注目!っていうと、ディスプレーじゃなくて本体に注目するような「りゃ!」な人たちもいますが、そんなことしたら置いていきますからね〜。

少し字が小さいですが、左側に「Parts」というメニューが見えますか?
そう、More from SEARSと書いてあるすぐ下です。
それをクリックしてみましょう。

すると、シアーズのパーツ部門のホームページに切り替わりましたよね。
そこの�△里箸海蹐法∈2鷁�れた冷蔵庫の型番を入力してみましょう。

FRT18KD3AW2

が、先生の家にある冷蔵庫の型番です。
入れましたか?
そうしたら、すぐ右の「GO」をクリックしましょう。

すると、3つの型番が表示されましたよね。
今回は「FRT18KD3AW2」を選択して、「CONTINUE」を押しましょう。

ハイ、そこのあなた、
「さっきFRT18KD3AW2って入れたのに、どうしてそれ以外も表示されるの?」
って思いました??

そうですね、先生も分かりません。
まあ、大きな問題はないので、先に進みますよ。

そうすると、必要な部品のおおまかな場所を選ぶ表が表示されましたね。
今回はドアに付いている部品が壊れてますので、ドアを選びましょう。
この時のポイントは、先に「View Diagram」を選んでおくことです。
ハイ、ここ試験に出ますからね、ちゃんとノートに書いておくようにね。

どうしてかというと、図面を先に見ないと部品番号が分からないからなんですね。
いまいち上手く説明できないので、先に進みますね。

ところで、みなさ〜ん、ついて来てますかぁ〜?
分からなくなった人は、もう一回最初からやり直してみましょうね。
誰が何と言おうと、先生は間違ってませんからね。

じゃあ、「DOOR」の「View Diagram」を選んで、もう1回「Continue」を押してみましょう。

そうすると、別のウィンドウに冷蔵庫のドアの図面が表示されましたよね。
ダイアルアップ接続の人、ごめんなさいねぇ〜。ちょっと時間がかかったかもね。

今回先生が壊したのは「5番」の部品なんですね。
あ、先生が壊したわけじゃなくて、先生の息子が壊したんですけどね。あ、どうでもいいですか、そんなこと。

じゃあ、部品番号が分かったところで、図面が表示されているウィンドウを閉じちゃいましょう。
そしてこんどは、「DOOR」の「View Part List」を選んで、「Continue」を押しましょう。

そうすると、いろんな部品のリストが表示されましたよね。
今回必要なのは、5番の部品でしたので、その右側の個数を1にします。「1」って入力してもいいですし、「+」を1回押しても1になります。

ここから先は、本当に家に部品が届いちゃいますから、皆さんはやめときましょうか。


は〜い、じゃあまとめますね。

シアーズのホームページでは、冷蔵庫の小部品が検索できて、その場で発注することができる

皆さん、ちゃんと復習しておいてくださいね。



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月04日(火) 駐在1号交替(内示編)

4月の人事異動の季節を控え、移動に関する日記をちらほらと見かけるようになったが、わが駐在室も駐在1号に4月1日までに帰国せよという指示(内示)が下った。

ウチの会社の人事異動は結構乱暴で、国内異動の場合は転居を伴ったとしても、原則として1週間前の内示となっている。(最近は10日前内示というケースもあるが)

海外赴任の僕の場合も内々示から内示まで2日、内示から辞令までが1ヶ月。内々示から赴任までの期間が1ヶ月半という強行スケジュールであった。
他の会社の駐在などと話をすると、だいたい海外派遣をにおわされてから赴任まで、半年くらいの猶予があるのが一般的らしい。

駐在1号の場合は、赴任から3年半以上経過した事もあり、この4月か遅くても7月の異動で帰国することは確実視されていたが、やはり1ヶ月以内に帰国せよという指示は厳しいと思う。

また、駐在1号には、日本の学年でこの春から高校3年生になる息子さんがおり、その年齢では、日本に帰っての編入が難しいのだと言う。
ご家族で話し合った結果(すでにケーススタディーはしていたようだが)、来年6月に息子さんがアメリカのハイスクールを卒業するまで、奥さんと息子さんのみが、このままアメリカに残ることにするという。

とはいっても、この場合奥さんと息子さんの駐在員(被扶養者)ビザが駐在1号の帰国に伴い失効してしまうため、二人とも学生ビザに切り替える必要があるのだそうだ。
幸い、もともと奥さんはカレッジの学生として勉強していたため、ビザの切り替え自体は問題なく行えるようだ。


駐在1号の後任は、僕も以前から知っているI氏。
複数の後任候補の中でも一番のジェントルマンで、フランスに駐在していた経験を持つ。

駐在1号もI氏が後任でホッとしたようだったが、誰より僕が一番ホッとしていたと思う(笑)



↑エンピツ投票ボタン


2003年03月03日(月) おニャン子クラブ

今日は日曜日。

いつものように、6時からドラマ(今は、Home & Away)、7時からHey!Hey!Hey!を見る。
日本では去年の放送だったかもしれないが、Hey!Hey!Hey!の今日のゲストはおニャン子クラブ。

嫁も僕も同世代であり、ということは彼女達も現在は○○歳になっているわけで・・・と思うと、時の流れを実感せずにはいられない。
父と母が大うけしている中、息子と娘は「誰この人たち?」という目で見ていた。

僕は当時渡辺満里奈を可愛いと思っていたのだが(娘にも満里奈と名づけようかと思ったぐらい(笑))、嫁は高井麻巳子が好きだったらしい。

顔を見てもすぐには名前が出てこないメンバーがほとんどだったが、確かに新田恵利なんかは面影が残っていた。しかしゆうゆこと、岩井由紀子はずい分と変わってしまったなぁ・・・と思ってみたり。

そりゃあ、歳も取るよな、お互いに。


↑エンピツ投票ボタン


2003年03月02日(日) 税務申告&地価下落

ほとんど会社任せなので、アメリカでの税金の仕組みについては良く知らないが、どうやらアメリカ国民およびアメリカ居住者は、日本で言うところの確定申告をしなければならないらしい。
(識者の方、違っていたらご指摘ください)

ウチの会社の場合、お抱えの税理士が税務署(IRS:Internal Revenue Service)に提出する書類を書いてくれるのだが、当然税理士に対しては僕の収入の詳細について伝えねばならない。

給与所得しかなければ、それほど面倒ではないのだが、僕は昨年から日本の家を賃貸しているため、その収入についても申告しなければならない。
また、賃貸している家についても、土地・家屋それぞれの購入価格(購入当時のレートでドル換算)や、住宅ローンの金利支払い分などを申告する必要があり、かなり面倒くさい作業だった。

面倒くさいのとは別にショックだったのは、土地・家屋の実勢価格の申告。
僕は近所の不動産屋のホームページなどで、周辺の地価を確認した。

僕が家を買ったのは、1997年のこと。
当時すでにバブルは崩壊しており、土地の値段もピークよりはかなり下がった状態だったのだが(だからこそ、家を買う決心がついた)、あれから5年経った今・・・。

同じ金額を出したら、倍の土地が買えるんちゃうの?

と突っ込みたくなるほどの値下がり率(泣)


別に儲けようと思って家を買ったわけじゃないけどさ・・・。


2003年03月01日(土) 日米金利比較

数日前に小切手の話を書いたが、もともと小切手の説明をしようと思ったわけではなく、Saving AccountとChecking Accountの説明をしようと思ったら、徐々に話が小切手の話に流れてしまったのだった。

で、なぜこの話を書こうとしたかというと、日本の銀行では2月と8月が利息の振込み月にあたるからである。

駐在2号。家は、アメリカに赴任する時に、嫁子供の貯金を全部僕の口座に集めて、そのほとんど全部をアメリカに新設した口座に移すと言う荒業をやってのけた。それは、どのくらいのお金が必要なのか、全く見当がつかなかったからである。

赴任から数ヶ月して、車を買ったり家具を買ったりと言う大きな買い物が一段落した時、ちょうど為替相場が1ドル=130円と円安に振れていた事もあり、アメリカで使わないお金を日本に戻した(嫁・子供からかき集めたお金も返しました)

その結果、現在では日本の口座の預金額とアメリカの口座の預金額は、それほど大きな違いがなくなっている。

アメリカにおいても、景気の良かった数年前よりは、ずいぶんと金利が下がっているが、それでも僕の預金額だと月に10ドル以上の利息は振り込まれる。

しかし、今回2003年2月に、僕の日本の普通預金口座に振り込まれた半年分の利息は、たったの6円!

「6ドル/半年」だって、少ないなァ〜と思うのに、「6円/半年」とは・・・。



↑エンピツ投票ボタン