きよこの日記

2004年07月30日(金) 心がわりということについて

「私が何を考えているか、あなたには、おそらく、わからない、と思う」と有紀子は言った。「あなたには、きっとわからない」

彼女は僕を見ていた。でも僕が何も言わないことがわかると、グラスを取ってウィスキーを一口だけ飲んだ。そして首をゆっくり一度振った。「ねえ、私だってそんな馬鹿じゃないのよ。私はあなたと一緒に暮らして、あなたと一緒に寝ているのよ。しばらく前からあなたに好きな女の人がいることくらいはわかっていたわ」

僕は何も言わずに有紀子を見ていた。
「でも私はあなたのことを責めているんじゃないのよ。誰かを好きになったのなら、それはそれで仕方ないと思うわよ。好きになったものは、好きになったものなんだもの。あなたはきっと私だけじゃ足りなかったのよ。それも私には私なりに理解できるの。私たちはこれまでずっとうまくやってきたし、あなたは私にはとてもよくしてくれた。私はあなたと暮らしてとても幸せだった。そして今でもあなたは私のことを好きなんだと思う。でも結局のところ私はあなたには十分な女ではなかったのよ。そのことは私にもなんとなくわかっていたし、いつかきっとこういうことが起こるだろうとは思っていたの。仕方ないわよ。だからほかの女の人を好きになったということで、私はあなたを責めているわけじゃないのよ。本当のことを言うと、怒っているわけでもないのよ。不思議だけどそんなに腹も立たないの。私はただ辛いだけよ。ものすごく辛いだけよ。そういうことになったら多分辛いだろうなとは想像してはいたけれど、想像をはるかに越えて辛いわね」(村上春樹『国境の南、太陽の西』より)

関係性で人とのつながりを保つことはできても、その人の心まではつなぎとめてはおけない。
永遠の葛藤ですね。

私もこういう状況に直面したら、まったく有紀子と同じように言うような気がします。

でも、それも多分そうだろうな、という想像のなかのことで、実際にそういうことになったらはるかに辛いハリケーンが私の心の平静を奪うのかもしれない。



2004年07月28日(水) 村上春樹『国境の南、太陽の西』

ビンゴですよ!これこれ、
これぞ私の求める村上春樹ワールド。

春樹ランキング『スプートニクの恋人』に次ぐ第二位にランキングしました。いやあ、いいっすね。
久しぶりにむさぼるように読書をしてしまった。
目が疲れて、読むことを体が拒否しても読み続けるのをやめられなくって最後のページまで一気に読んでしまいました。

過去は取り戻せず、やり直せず、どうしようもなくそこに存在しているものである。
現実は目の前にあっても、時に空想の中の出来事よりも頼りなく不思議なものである。
というメッセージが全編から伝わってきました。


「僕は怖かったんだよ」と僕は言った。
「怖かった?」と島本さんは言った。「いったい何が怖かったの?私のことが怖かったの?」
「違うよ。君が怖かったわけじゃない。僕が怖かったのは拒否されることだったんだ。僕はまだ子供だった。君が僕を待ってくれているなんて僕にはうまく想像できなかったんだ。僕は君に拒否されることが本当に怖かった。君の家に遊びに行って、君に迷惑に思われるのがとても怖かった。だからつい足が遠のいてしまったんだ。そこで辛い思いをするくらいなら、本当に親密に君と一緒にいたときの記憶だけを抱えて生きていたほうがいいような気がしたんだ」
彼女はちょっとだけ首をかしげた。そして手のひらの上でカシュー・ナッツを転がした。
「なかなかうまくいかないものね」
「なかなかうまくいかない」と僕は言った。
「私たちはもっと長い間友だちでいることだってできたのにね。本当のことをいうと、私は中学校に上がっても、高校に上がっても、大学に行っても、友だちというものが一人もできなかったの。どこにいてもいつも一人だった。だから私はいつもそばにあなたがいてくれたらどんなにいいだろうって思っていたの。たとえそばにいてくれなくても、手紙をやりとりするだけでも良かったのよ。そうすればずいぶんいろんなことが変わっていたと思うわ。いろんなことがもっとずっと耐えやすくなっていたと思う」、島本さんは少し間をおいて黙っていた。



2004年07月27日(火) 復旧

ついに私のバイオちゃんが、長い永い眠りから覚めて、ネットの世界とのつながりを取り戻してくれました。
いやー。つながってるってステキ。
さくさく快適です。

でー、なんでつながんなかったのかというと、ADSLのなんだろ、あれ、縦長の箱。
あれの中身が古くなっちゃってたんだって。

直してくれたS先生いわく、中身をネット上でバージョンアップしたんだって。

ふーむ。もう、ワタシノテニハオエマセーン。

まあ、直ったからいいや。

ずっとつなげなくって何より気がかりだったのはメール。
受信してみたら、くるわくるわわんさかたまっていました。
・・・が、5月28日受信分以降が届きません!

???これはプロバイダー側の私書箱がいっぱいになったから送り返しちゃったってことかや?アウチ。まあ、90%以上はダイレクトメールだとは思うんだけどね。あれですよ、逃した魚はでかいってやつ。何か大切なメールがあったんじゃないかと思うと気になるなあ。



2004年07月26日(月) 体内時計の秒針

一学期が終わります。
一学期はひたすら足元を見ながら一歩ずつ進むマラソンのようでした。
とにかくその瞬間その瞬間を実直にちまちまと歩を進めることに苦心して、ふと目を上げるとゴールテープが目の前にあった、というような感じ。

とにかく、なんとか、ゴールです。
そして、私はようやく自分の直面している問題が何なのかがわかってきた気がします。

私のストレスは時間への強迫観念です。

教師の一日は分刻みです。

朝7時30分から夕方6時30分までのすべての瞬間に自分がどこにいて何をすべき時なのかが決められています。
例えば8時10分から職員室で連絡があって、20分に教室へ行って朝読書と学活。
そして、8時50分から一時間目。という具合。
授業の中でも50分の中で始めの3分で導入をして・・・というように組み立てます。

言ってみれば、何を為すかということよりも、どうこなすかということのほうが重要なのです。

もちろん、時間に正確に中身の濃い時間が作り出せれば言うことなしなのですが、どちらかを優先しなければならない時には、うまくたちまわる器用さが重視されているように思います。
そして私は時間に縛られるのが苦手です。
子どもの頃から遅刻の常習犯でした。
それどころか電車やバスに乗り遅れたことも数知れず。
時計も持ちません。

そんな私にとって “5分前行動”の日常はストレスです。
体内時計が過敏になりすぎて、分刻みどころか、秒単位でわかるようになってきました。

まったく、せこせこしていて嫌になります。
でも、待ちに待った夏休み!

お昼寝したら翌朝だった、ぐらいのアバウトさで過ごしてやります。



2004年07月24日(土) 『ENERGY FLOW』

私の生活には癒しが必要なんだよ。癒しが・・・・。とぶつぶつつぶやきながら廊下を歩いていて、ひらめいた!そうだ!ピアノを弾こう!
 音楽の先生にいろんな楽譜を見せてもらって坂本龍一の『energy flow』に決めた。
癒しの中の癒しですよ。
ウキウキでコピーをとって、スキップで音楽室へ向かう。

うわーい。ピアノだあ。
まずは右手さん。
「ミーミミド?レ?」ええ。初見でひくなんてできないんすよ。
まずは楽譜の解読なんす。
左手さん。
「おっつ。ヘ音記号出てきちゃったよ」カタコトでワンフレーズずつ覚える。で、せーの!と両手で。ドリフのコントみたいに間違える。
「自分の手なのにいうこときいてくれないなあ」
汗をかきながらねじり鉢巻です。
いつも国語ばっかりでつまんない私もほかの授業受けたいなあ、という日ごろの欲求不満をここぞとばかりに解消です♪



2004年07月23日(金) 村山由佳『おいしいコーヒーの入れ方�検\磴旅澆覯察�

「んー?」かれんはあごを上げて猫みたいに鼻をひくひくさせた。
「なんか、いい匂いがするー」
「コーンスープだよ。粒コーンととき卵入りのやつ」
「うわあ」かれんは、ほわ〜んと微笑んだ。
「私あれ大すきー」知ってるさ、だから作ったに決まってるじゃないか。
……そう言いたかったが、照れくさいのでやめておく」

このシリーズは恋に恋する年若き少年少女のために書かれているものですが、実際に読んでいるのは男の子が多いのかな?それとも女の子かな?

と、いうのも、この作品を読んでいて、主人公の大学1年の男の子、ショーリが、すごく女の側から見た理想が投影されたキャラクターだなあ、と思ったからです。
スポーツマンで、年のわりに落ち着いていて、家事、料理が得意で、その上やさしい。
あまのじゃくな私は「ちょっと都合よすぎる男の子だなあ」と思ってしまった。

一方、その相手のかれんさんですが、これも男の子の理想をてんこもりにもりこんであるのでおあいこか。
美人で高校美術教師。
おっとりしていてやさしい。
こういう女の子がいたら、そりゃあもてるでしょうなあ。
理想的な男の子と理想的な女の子が両思いなのになぜか当人同士悩んでばかりでうまくいかない。そういうところがこのシリーズの長続きの秘訣か?

まだ、完結しませんでした・・・。



2004年07月22日(木) 青木さやか活用法

今さらながら、青木さやかさんの面白さに大注目中です。爆笑オンエアバトルなどで見たときはそのアクのつよさに、ひき笑いだったのですが、ここのところ目にする青木さやかさん、目を見張る面白さです。

彼女はいじられていきますなあ。
一人のときのコスプレ一人芝居よりも、トーク番組で他の人とからんだほうが100倍持ち味がいきる気がします。
あの開き直りっぷりは潔く、要所で繰り出されるコメントは自分のポジションを十分理解しながらパンチが効いていて痛快です。

最近の芸人さんでこれだけ機転の効いたトークできる人いないよねえ。青木さやかさんみたいな自分のキャラをいかした面白トーク、私もできたらいいのになあ。



2004年07月21日(水) 素肌感覚

白とカフェオレ色の麻のクッションカバーを買いました。

さっそくごろごろぐうたら

涼しくって驚きました。
素材でこんなにも体感温度が違うもんなんですねえ。
爽快ぐうたらです。

日ごろ布地の種類なんて全然気にしなかったけど同じクッションなのに肌触りが全然違うと快適さも違ってくるんだね。

そういえば、日本の文化人類学のオーソリティー柳田國男先生は日本人が綿の衣服を着るようになって情緒的に著しく変化を遂げたという説を説かれました。
それまで麻を着ていた日本人は、綿の柔らかで伸縮性にとんだ布に包まれることで、それまでにない細やかな感情をもつようになった、と。なるほどなあ。

無意識のうちに感覚が感情に大きな影響を与えているということあるでしょうね。

着るものをはじめ、自分の身に着けるものにあまり頓着しない私なので、素肌の感覚に敏感に繊細に生活することは憧れです。



2004年07月20日(火) 『ラブ アクチュアリー

愛は身のまわりにあふれているんだ!
というメッセージ

それぞれの登場人物のハッピーエンド

悪くはないけれど、・・・陳腐に感じられるのはなぜだろう。



2004年07月19日(月) 山田詠美『せつない話』

人の家に行くと、私はこっそりその部屋に本がないか見てしまう。
その人がどんな本を読んでいるのかなあ、というのはその人のちょっと個人的な部分を覗くみたいでわくわくします。

この本は作家山田詠美の本棚から、「せつない話」というテーマで本を抜き出して私に見せてくれました。
あとがきで選者が言っています。
「(悲しいとか嬉しいという感情は健康な心を持った人間になら誰にでもできるという記述に続いて。)それでは「せつない」という感情はどうか。
これは味わい難いものである。
外側からの刺激を自分の中で屈折されるフィルターを持った人だけに許される感情のムーヴメントである。

まったく味わえない人もいるし、ひんぱんに味わう人もいる。

何故かというと「せつない」という気持ちに限っては、心の成長が必要だからである。
つまり、それは、大人の味わう感情なのである。
「せつない」という感情を作り出すフィルターは、ソフィスティケイテッドされた内側を持つ大人だけが所有している。」

山田詠美が言うから説得力があります。
彼女の作品を読んでいて、心ひかれるのはその感情の表現の繊細さ、鋭敏さです。感受性というのでしょうか。
確かにその感情をそれと知るためには、受ける側に相応のの器が必要というのはうなづけます。

私が、この選集を読んでみても、「せつないな」と思うもの、思わないものとがありました。
それは私の心の幼さであり、これから手に入れる感情の余地ということなんでしょう。
また、何年かあとに読んだときの「せつなさ」が楽しみです。

収録作品は吉行淳之介「手品師」,瀬戸内晴美「けもののにおい」,丸谷才一「贈り物」,F・サガン「ジゴロ」,八木義徳「一枚の絵」など



2004年07月18日(日) ローカル線のたび

浜松でちーさんたちと別れ、私は豊橋駅から飯田戦で北上しました。
居眠りをしたり、本を開いたりしてひたすらに鈍行列車に揺られること2時間。
日本の秘境わがルーツにたどり着きます。
おじいさんもおばあさんもかわりなくお元気そうに出迎えてくれました。

畑で取れたばかりの野菜の贅沢な晩御飯をいただいた頃、花火が上がり始めました。
今日は、近くの部落のお祭りで花火がいくらか上がるそうです。
パイプいすとビールを手に、屋外へ出ます。
おじいちゃんの家は天竜川に面しています。
眼下に天竜川を望み、目の前には泰阜村の家の明かりが蛍のように光り、その上に色とりどりの花火が上がります。
お隣のおじさんとおばさんもやってきて、語らいました。
時間がゆっくり流れていきました。



2004年07月17日(土) 「朋遠方より来るあり 亦楽しからずや」

るんるんの3連休。来るべき夏休みの予告編です。
浜松での中部日本卓球選手権に出るために、朝4時に出発しました。
大学時代の後輩のちーさんと、その妹のさっちゃんと出かけました。
浜松には9時に到着。
車を降りてみると耳をつんざくほどの蝉の声!
みんみんなんてかわいいものじゃなくって、ガジガジ言ってるんだもん。
もう真夏なんですね。

中部各県から予選を通過して参加して来ているだけあって、緒戦から、レベルが高いのに目を見張りました。
観戦していてぜんぜん飽きない!
そして、11時にようやく私たちの第一試合。
ちーさんとのダブルスです。相手は富山県の高校生。
まったく正統派のシェイク攻撃型の二人で、私のナイスボールも簡単に打ってきました。

超面白かった!

シーソーゲームの末、5セットで結局負けちゃったんだけど、本当に負けて悔いなし。
すごくいい試合ができて「ありがとう!」って感じ。

「朋遠方より来るあり 亦楽しからずや」という論語の一説があります。
これは単に昔馴染みが遠くから遊びに来てくれて遊んで楽しいね、ということよりもちょっと深い意味があります。
朋は自分と同じ道を追求する学問上のライバルとも言えるような人を指していて、楽しみとは、その人とでなければ交わすことのできないマニアックな議論を交わすことを言っている(らしいです。うろ覚え)

卓球をしていて、なによりうれしいなあと思うのは、自分と同じレベルの人と代を挟んで向き合って、お互いにベストをつくす瞬間です。
だけど,自分と同じレベルの人というのはなかなかいないもので、多くの場合は自分が相手の力に及ばないか、相手に自分が合わせてあげているかのどちらかです。

今日は,本当に互角の実力の人と卓球ができて、本気のラリーの中で自分でもなかなかできないプレイをすることができて、心から満足でした。
こういうことがあるから、卓球、やめられないよねえ。



2004年07月16日(金) 村上春樹『パン屋再襲撃』

私は村上春樹の恋愛小説は好きなんだけど、一般的には村上春樹は恋愛小説家ではないんだろうなあ。
恋愛小説ではない村上春樹の小説はちょっと苦手だ。
「どう読んでいいか答えをくれ!」と思ってしまう。

何かを象徴しているのか、風刺しているのか、裏がありそうなにおいはぷんぷんするんだけど、なぞは明かされないままなんだよねえ。

「パン屋再襲撃」は、パン屋を襲撃しそこなったカップルがあらためてパン屋を襲撃するのです。

こんなふうに説明しちゃってはミもフタもない。それは私もわかっているんだけどー。
私の理解を言葉にすると、これっぽっちなのです。

”渡辺昇”って何?
ある作品では妹の婚約者、ある作品では共同経営者。またある作品ではいなくなった猫だったりする。

まったくつながりなく思える作品群の中で、”渡辺昇”という名前だけがつながっている不思議。

このよくわからない作品集で比較的容易に理解できたのは「ファミリー・アフェア」仲のよい妹が結婚することになって気に入らない兄の話。
(っていってしまっていいのかなあ?)

「僕はもう一度その写真を手にとって、男の顔を見た。
世の中に一目で嫌になるというタイプの顔があるとすれば、それがその顔だった。
おまけにそのコンピューター技師は僕が高校時代に一番嫌っていたクラブの先輩に雰囲気がそっくりだった。
顔立ちは悪くないが、頭が空っぽで、押しつけがましい男だった。
おまけに象みたいに記憶力が良くて、つまらないことをいつまでも覚えている。頭が悪いぶんを記憶力で補っているのだ。」



2004年07月12日(月) 村山由佳『おいしいコーヒーの入れ方�掘“狃�の朝』

授業のついでにかえそうと思って、『おいしいコーヒーの入れ方�供戮鮗蠅剖擬爾帽圓辰燭蕁△發辰討�てくれた♪
気がきくねえ。タイミングばっちり。
一日の仕事を終えて、部屋に帰り、テレビをつけ、洗濯機をまわすと同時に表紙をめくる。
この軽い文体はさくさくという感じがぴったりだ。
さくさくとスナック菓子のような歯ごたえでさくさくと読みすすめる。
小説ではあるけれど、読んでいる印象は漫画のよう。
1時間かからずに読み終える。
中高生の頃、友だちに続きものの漫画を何冊も借りてきて、よなよな読んだことを思い出す。
いよいよ次で完結です。
エンディングは想像がつくんだけれど、ここまできたら乗りかかった船だ。読み終えずにはいられないでしょう。



2004年07月10日(土) 夏ばて前線

今日口にしたもの。

豚串一本・・・7-11>LAWSON
カフェオレ500ml
アイスバー1本・・・吹奏楽部のおこぼれ
アーモンドチョコ1粒・・・職員室になぜかぽつんとあった
酎ハイ一口・・・コンパに顔を出すものの乗り遅れる

以上

改めて振り返ってみて、やばい。何じゃこりゃ?!主食がどこにもない!野菜もないし。給食がないととたんにこれっすか。
しかも、また困ったことに自覚がない。お腹が空かないから食べていないという自覚がない。ふつうに一日を終えて振り返ってみたら食べていなかった。
ここ数日の暑さにやられたのでしょうか。まったく軟弱で困るね。今ごろから夏ばてしていたんじゃ先が思いやられるよ。



2004年07月06日(火) 『グローランサー4』

私がRPGが好きだと言ったら、「いやあ、それは気が合うなあ」とS先生が貸してくれました『グローランサー4』
私はまったく名前も知らなかったのですが、パッケージの感じも、自分では絶対手を出さないだろうなあ、という雰囲気。
語弊があるかもしれませんが、いわゆる”アニメ”的な雰囲気。私はちょっと苦手です。
それでもひとまずゲームスタート。
本当にアニメみたいにオープニングテーマが流れてびっくり。
登場人物がしゃべるしゃべる。コマンドを入力するごとに
「それでいいんですね?」とか、「はい!」とかしゃべる。
うーん、うざったい。

そして登場人物の絵柄がとてもいたい。
女の子はなぜかみんなレオタードのような服装で、異常に露出度が高くて、胸が特に強調されている。

なによりも嫌だったのは、出てくる女の子のすべてがなぜか主人公にかしづいて、口々に「ご主人様!」とか「マスター!」と呼びかけ、最後には主人公への告白イベントまで用意されている。

私はゲームをプレイしていて”セクハラ”の四文字が頭から離れなかった。

個性や主義が無視されて、精神的にも肉体的にも盲目的な服従を強いられること。

私にとってのセクハラって、こういうことなんだなってわかった。
声高にセクハラと叫ぶような女にはろくな奴がいないと自嘲してみるものの、かんべんしてくれと思った。
これを私に貸してくれたS先生はきっと私がこのゲームを楽しく遊ぶだろうと疑いもしなかったのだろう。
確かに、ゲームシステムそのものは、ドラクエともFFとも違う独自のもので、あえて言えば幻想水滸伝系。特に武器につける魔石によってキャラクターに特技やスキルを身につけさせていくことはとても面白かった。

ましてや、セクハラのつもりなどつゆほどもなかったのだろう。
でも、同じことに対して、同じ問題意識をもてるか、というのは、とても大きいと思う。
問題意識は持つべきだといわれて考えるものではなく、どうしようもなくそれに引っかかってしまうという感覚の問題だ。

だから、このソフトを貸してくれたS先生に対して、返すときに「なんすか、このセクハラゲームは!」と苦情を言うつもりはなく、「おもしろかったです。特に・・・」と貸してくれた好意に報いる一言をそえるだろう。

だけど、「N先生とは気が合わないな」という確信めいた気持ちはぬぐいようがないよなあ。



2004年07月05日(月) 村上由佳『おいしいコーヒーの入れ方�� 僕らの夏』

�気鯑匹鵑琶屬靴燭蕁△垢阿忙�ってきてくれました。
第2巻。
なんだかんだいっても、さくさく読めてお手軽なので、またすぐに読んでしまった。
そして、読みながら思い出したのは、『BOYS BE・・・』という漫画。
大学時代、サークルボックスにおいてあった週間少年マガジンで読んでいました。
女の子の心と体に興味津々な男の子が主人公のオムニバスストーリーで、毎回たどたどしくも初々しく女の子に近づいていく主人公の姿に、「いったい男の子はこの漫画をどういう気持ちで読んでいるんだろう?」と私も興味津々でした。
女の私の目から見ると、頻出するパンチラシーンや、不可抗力テイストでありながらわざとらしい接触シーンなど「あいたたたー」と目を覆いたくなってしまったのですが、そういう不自然なサービスカットもその年頃の男の子にはビンゴだったのかもしれないですね。

この一冊も、そういう年頃の男の子にはきっとすごくストライクだと思います。
前作で心が通じ合ったかれんと勝利だけど、次の一歩に進めそうで進めない。
かならず後少しというところで邪魔が入り、読んでいてやきもきさせられながらもひきこまれます。



2004年07月04日(日) ライブドアで50万円もうける

子どものころからきっすいのテレビっ子だったはずの私ですが、最近はテレビを見ない日も多くなって世の中のことにとんとうとくなってしまいました。
それでも、近頃ネットやニュースで見かける”ライブドア”もカタカナに、なにか引っ掛かりを感じ、確かめてみたら、私ライブドアの株持ってた!

しばらく見ないうちに株価急上昇で、今売れば、50万円のぼろ儲けです。
すごーい。ぱちぱちぱち。



なーんて。野村証券ホームページのバーチャル株式ゲームでのお話でした。
これが現実だったらなあ〜〜。

でも、実際には、絶対名前も聞いたことのないような企業の株を勘だけで買ったりできないだろうから、こんなサプライズもバーチャルならでは。

ところでこのホームページを読んでる人で、ファミコンで『松本亨の株式必勝学』をやった人っているのかなあ?
私が中学生の頃、はまりにはまったゲームです。
あんなに繰り返しやったゲームはほかにないです。

画面は株価を示す電光掲示板と最小限のコマンドボタンのみ、というものすごくシンプルなゲームなのですが、上場企業名が実在していてリアルさがたまらなかったのです。
「もう、NTTは売りでしょ」みたいなことを一人ごちて悦にいってみたり。
復刻版ブームにのって再発売されないかと心待ちにしているのですが、だれか同意してくれる人いるかなあ?



2004年07月03日(土) 『ショコラ』

北風に運ばれるように町から町へと渡り歩く母娘がたどり着いたのは古い因習に縛られたある村でした。
そこでは人びとは勤勉と悔い改めと清貧の中に閉じ込められて暮らしていました。
主人公はその村でチョコレートショップを開きます。
教会に行かず、伝統にとらわれない奔放な彼女は、村中から白眼視されるのですが、彼女の温かい人柄にふれ、そのチョコレートを一口食べると、冷たく凝り固まった心はとけ、人びとは幸福感に満たされるのでした。

やさしいやさしい大人のおとぎばなしです。

人は模範的な生活の中にではなく、人に信じられ、尊重され、いかされることによって満たされるのだ、ということを信じさせてくれる映画です。

この映画で私は泣きどおしだったのですが、一番心に残っているシーン。

村中から“気ちがい”扱いされ、酒乱の夫に日常的に暴力を受けていたジョセフィーヌが開店したての店を訪れ、主人公の目を盗んで一つのチョコレートを万引きして帰ります。
主人公はそれに気づきますが、責めず、ジョセフィーヌにやさしく声をかけ、友達になろうと言います。

数日後ジョセフィーヌが店にやってきて言います。
「代金を払うわ。みんなが言うのは嘘。私は盗んだりしない。ただ、手が勝手に動いてしまうだけで・・・。」


誰しも自分がつまらない人間だなんて思いたくはない。

だけど、あまりにも長い間、多くの人から虐げられ、さげすまれていると、もしかしたら私はそういう人間かもしれない、と思い込んでしまうのです。

再び自信と希望を取り戻すためには誰かから「そうじゃないんだよ」とやさしい声をかけてもらう必要があるのです。
7



2004年07月02日(金) 村山由佳『おいしいコーヒーの入れ方�機.�スまでの距離』

生徒によく本を借ります。
私に読んでもらいたい、という積極的な気持ち、とてもうれしいので読みかけの本を脇において、最優先で読みます。

この本も、2年生の女子に貸してもらいました。

村山由佳の本は、きっと多分ずーっと昔に何かを読んだことがあると思うのですがよく覚えていません。
でも、それっきり手に取ろうと思わないということはあんまり私には合わなかったということなのでしょう。

時にはそんな作家の本を読むのもいいものです。

とっても健全な青春恋愛小説でした。
登場人物の揺れる恋心をすっきりとあるがままに描いてありあました。
私にとっては目に見えること、思うことが説明されすぎて想像する余地がまったくない感じが居心地悪いのですが、こういうふうにすべてを説明してくれる親切な本は、読書の楽しみを知るための入り口として、大切ですよね。

私にこの本を貸してくれた女の子は、去年も国語を教えたのですが、どちらかというと男っぽくって、斜に構えたところがあって、学校ともトラブルがあったりしたので、この本のようなストレートな恋愛小説を「すごく面白い!」といって楽しんでくれて、そういう変化がうれしいなあとおもいます。

やがてかれんは言った。
「あなたを彼氏にもつ子は幸せね。」
「なんだよ、いきなり」面くらって僕はきき返した。
「だって。ショーリの腕の中って、とっても泣きやすいんだもの」
かれんは言い、
「やだ、私ったらキザなこと言っちゃった」と照れくさそうな顔を見せた。
お前が望みさえすれば、この腕はお前のものになる。
キザにはキザで、そう切り返したかったが、僕は結局なにも言わなかった。



2004年07月01日(木) ありふれた仕草が気に障ったら、それは嫌いのサイン

♪ありふれた時間が愛しく思えたらそれは“愛の仕業”と小さく笑った 

ミスチルはこういうけど、「ありふれた仕草が気に障ったら、それは嫌いのサイン」だな。

職員室で机が隣のN先生。
ものすごーく気になる。

鼻息とか、ひとり言とか、ため息とか、キーボードをかな入力で人差し指でたたく音とか。
気になっちゃってとまらないよう。

そして、これは気にする私の勝手で、N先生が非難されるようなことではないとわかっているんだ。
とにかく結局どうしようもなく嫌いってことなんだ。

年度当初はけっこう仲良しだったんだけどなあ。何が嫌いになる原因だったんだろう?
うまくやらなきゃ。

うまくやらなきゃ。


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