青春の思ひで。

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2004年10月31日(日) 私を、泣かせてください。

卒論をやったりやらなかったり。
今更、質問紙調査をしてみようかと思い立って(いや、思い立ったのはちょっと前なんだけど、試験終わるまでは動けなかった)、質問紙(つまりアンケート)作成中。
これがどうしてなかなか意外に、め ん ど く さ い 。

てゆーか、すでに質問紙調査やった先輩のぱくりなのです。
それでも、めんどくさい。
あぁぁ、もう全部自由回答にしてしまいたい(それはだめ、と先生が前に仰った。あたしにじゃないけど)。
質問項目はすでに頭の中にあったけれど、回答項目、つまり選択肢をちまちまちまちま作成するのがめんどくさい。
と、いうより、ものすごい偏った選択肢になってしまった。
例えば「どのような雑誌を読みますか?」という質問の回答項目は、ファッション、漫画、文芸、テレビ、映画、週刊誌、ビジネス誌、経済誌、その他……と用意して1日後に気付く。スポーツ誌は?
つまり、自分が読むものしか選択肢として思いつかないわけですよ。
スポーツ誌だって、クイズ雑誌だってたくさん需要あるのにね。あ、今気付いた。アニメ情報誌やゲーム情報誌も忘れてた。昔は随分お世話になったのに(笑)。
もう、ここまできたらどこまで詳しくやればいいのやら。
『AERA』とか一体何の雑誌なわけ?ビジネス?経済?あたしとしては週刊誌の域だろうと思ってるけど。
「どんなテレビ番組を見ますか?」の質問でも同じ。スポーツという選択肢がなかった。やばいよ、それ。あたしは全く見ないけど、スポーツばかり見るひともいるのに。

だいたい他人様の「趣味」が知りたいわけじゃないんですよ。
でも、どれくらいどんなメディアにコミットしているかは知りたいんですよ。
でも、知ったところでそれがメインの研究じゃないんですけど。

……無駄、なのかな。これ。

そりゃ、統計とってみたら面白いけど無駄なことに労力費やしているような気もする。
質問項目やら選択肢やら作成していて、自分の真の意図がちらほら見え隠れして、気分悪くなりますね。
ほんとはこんな軽いことが聞きたいんじゃないんです。
温泉掘るために、周囲の自然環境破壊しつつ広範囲で穴掘っている感じ(この比喩、我ながらすごく的を得てるよ)。
差し障りのない質問や回答を作成しながら、巧妙な罠をしかけてそれにかかるのを待っている。
…………ものすごく調査倫理から逸脱してないか、あたし。


さてさて、そんなことにもぐるぐるしつつ今日は柘榴さまとお友達がやってらっしゃるイヴェントのイヴェント内ライヴにお出かけしました♪
あぁ、なんか「お出かけ」って感じがかなり久しぶり。

Caccinica(カチニカ)というヴォーカル&ヴァイオリン(+ピアノ?)ユニットのライヴを聴きに行ったわけですが、相変わらずsachiさんはため息が出るほど素敵です。憧れ。
かなり久々に拝見した湯澤さんも素敵です。次はこんな殿方と恋愛がしたい(こらっ)。

クラシックは好きだけれど、詳しくないので時々恥ずかしいです。
お友だちのmakonちゃんからも年に2回、makonちゃんの所属するオーケストラサークルの演奏会に招待していただいているのですが、そのときも少し恥ずかしい思いをします。
好きなもののことをよく知らない、ってそれが一番恥ずかしいよね。怠慢でしかないもん。

ふいに、始まった前奏に、オルガンの音色にぞくっとしました。
この曲、何の曲だったっけ?
あ。「私を泣かせてください」だ。
ずっと前に、こないだ閉鎖したHPの前のHPの頃に、BGMとして選んだ音楽。
ヘンデルの「私を泣かせてください」
すごくすごく好きなメロディだったのだけれど、音楽素材としてしか聞いたことがなかったので、歌を聴くのは初めて。(こういうところが怠慢で、無知が無知のままのさばるわけだ)
湯澤さんの歌声を聴きながら、あの苦しくてどうしようもなかった、それでも確かに存在した「瞳冴」を思い出して涙が出ました。
MCで湯澤さんが「牡丹と薔薇」で日本語の歌詞付きで主題歌になっていた、と仰っていたけれど、そう言えばそうだわ。
「牡丹と薔薇」も何度かは見たことあるのに、どうしてそのときは気が付かなかったんだろう。


「私を泣かせてください」を聴いて。
あたし、もう、「瞳冴」じゃなくなっているんだな、と思った。
ずっと「瞳冴」でいたいのに。


2004年10月30日(土) サプライズ不発。

ストレス解消にやりたいことって何ですか?


あたしは、ストレスが溜まると、ものすごく。

髪型を変えたくなります。思いっきり。


そんなわけで試験から解放されたら、どうせ年末は実家に帰ることもないし、思いっきり髪型を変えようと計画してましたのよ。
しかも、誰にも言わずに。

黒髪ストレートという超スタンダードな髪型から、金髪パーマという対極に変化しようとしてましたの。
しかも、年齢的にこれが最後の金髪だろうな、とか思いつつ。


そしたらね。そしたらね。
ひどいの。
担当美容師さんが「金髪は……やめといた方がいいよ」って。

ソレドーユーイミ?

似合わない、の(涙)?


まぁ、似合わないのかもしれないけど、それ以前に金髪にするとかなり髪の毛傷んじゃうからね。人形みたいなキシキシした髪の毛になるの(経験済み)。
だから、反対されたんだと思うけど。

でも、それでも金髪にしたかったのに(涙)。


押しの弱いあたし。
あれだ、本気で金髪にしたいならプロの意見聞いちゃだめか。
自分でブリーチ買ってきて自分でやっちゃわないとだめか。
でも、少しでも傷まないようにプロの手でやってもらいたかったんだよぅ。
なんか矛盾するなぁ。


もう、金髪でパーマという思いしかなく、美容室に行って、「どういうのにしたいの?」と言われて、ちょっと困ったり。
あー。いつも地元で行ってる美容室じゃないから(最近東京で作った行きつけ)、あたしの好み知らないんだよなぁ。
いろいろ雑誌を出されたけれど、なかなかコレというものがなくて困る。
自分で説明する言葉は持ってないくせに、流行の髪形をしたいわけじゃないので、ますます困る。

まぁ、なんとか妥協できるサンプルを見つけて、ちょこっと注文つけて、お願いしました。
色もできるだけ明るく。


担当さん(男性)に「どういう心境の変化なの?」と聞かれたので。
「ストレス溜まると髪の毛いじりたくなるんですよねー」と言ったら。
「女の子だねぇ」と微笑まれたけど、即時全力で否定してしまいました。
「そうでもないですよ(にっこり)。大学受験でストレス溜まったときは、不合格だったら、坊主にしようと思いましたから(にっこり)」……担当さん、苦笑。
……実話。そして、本気だった(だけど、親に言ったら怒られた)。
まぁ、無事その事態は回避されたわけですけれど。


結果として、ここ最近の茶髪より比較的明るめの、パーマはいつも通りのまぁまぁ希望通りのスタイルになりました。
ここ最近、やる髪型が偏ってます。黒髪+ストレート、あるいは、茶髪+パーマ。
ストレートなら黒髪が可愛いと思うんですよ。パーマならちょっと柔らかい色合いの方が可愛いと思うんですよ。
そのうちプロフの写真を差し替えませう。

でもなぁ。でもなぁ。
金髪になりたかったよう。
そして、会うひと誰もに「どうしたの!?」と言われたかったの。
あたしが身体に手間隙かけるときは大抵他人の目を意識して、他人へのサプライズとして行ってる節もあるのですよ。
大学にセーラー服で登校するのとかも(笑)。


サプライズ不発でストレス解消も不発気味。
あぁ、なんかむらむらする(その表現は何か間違ってる)。


次回はやっぱり、金髪+縦ロール気味で。誰に反対されようとも。
今度思い立ったら自力でしなきゃダメかしらね。
でも、どうせ卒業式の頃には(袴着たいので)、黒髪に戻してそうな気がするので、少なくとも半年以上は先ですか。


2004年10月29日(金) 秋の憂鬱。

なんだか寒いですねぇ。
一ヵ月半前は半袖を着ていたことが信じられないくらい。
相変わらずお金に困っているので、暖房関係はあと一ヶ月は我慢したいと思います。
キュリー夫人は寒さをしのぐために本を体の上にかけて寝ていたんだよ。

お金といえば。
以前書いたお金の使い方。ちょっと訂正。
けちる→お洋服(買わない)。自分ひとり御飯。光熱費。
けちらない→本。交際費。基礎化粧品。

ひとり御飯はね、自炊生活の復活ですよ。時間に余裕が出来たから。
時間の余裕がなかった頃は保存食であるレトルト食品を切り崩していたんだけど、ちょうど試験直前に全部使い切っちゃって。
しかも、試験直後にぶっ倒れたときに保存食が全くなくてひもじい思いをしたりしたので。
相棒にレトルトはほんとにからだに悪いからやめろ、と怒られたこともあって、今は自炊。
以前は自分ひとりのときに自炊なんてしなかったけれど、今は自分ひとりで御飯を食べることが多いので、2日分くらい一度に作って食べるようにしてみました。
こないだはポトフ作った。ポトフ大好き。美味しいし、野菜たっぷりだし。
案の定3日分くらい作ってしまったので、3日目にはちょっと具を足したりして。
後、最近はできるだけ朝御飯を食べるようにしてます。
今までは全然食べなくて、出かける前にお腹が空いていたら、出かけた先で食べるというのが当たり前だったのだけど。
食パン買ってきて家で食べる方が節約になるし。
我が家に大量にあるジャムも片付けなきゃいけないしね。
明日はチョコレートクリームにしよ♪

光熱費も、できるだけ頑張ってる。
当たり前のことだけど。
キッチンで調理中は部屋の電気を消す(キッチンの電気だけ点ける)とか。
日中はカーテン開けて部屋の電気は点けない、とか。
これから寒くなると電気代かさむのはわかりきっているので、小さいところで節約したいですなぁ。

本は……ものすごい勢いでお金をかけている。
でも、これは投資だから。
お金をかけている分、自分のものにしなくては。

基礎化粧品は……ただあんまり安いのを使いたくないだけです。
でも、最近ジプシー気味なのでソニプラ系基礎化粧品にも手を出すようになりそう。
いや、あんまり安くないけどね、ソニプラ系。
今日、学校行く途中に目にゴミが入ったんですよ。
痛くて痛くて、片目をぎゅっと瞑って学校まで行って、トイレに行って愕然としたんですよ。
ぎゅっと瞑った片目に、物凄い皺が!
いわゆる笑い皺の目バージョン?とにかくショックでした。
最近、顔の小皺で非常に年齢を感じているので(……まだそこそこ若いつもりなのに)、基礎化粧品だけはいいものを探し求めますよ。
トリニティを試したい。
その代わりと言っては何ですが、アイシャドウだの口紅だの色のある化粧品は当分買いません。
手持ちの化粧品で、なんとかバリエーション作れるし。
基本的に普段は色のないナチュラルメイクしかしないし。
ほんとは大好きだけどね、カラフルな化粧品。
でも、これはお洋服と同じだから。


試験は終わったけれど。
風邪は終わってくれず。
そろそろ喘息を疑いたい。
案の定、試験終わったら日記はあんまり更新せず(笑)。
(いや、でも風邪っぴきで辛かったんです。辛いんです)
今年も学祭の季節がやってきますが。
今年は4年生だから手伝わないよ、と明言していたのに何故か手伝うはめに。
誘いが断れない瞳冴ちゃんは、やっぱり頼み事も断れない瞳冴ちゃんでした。


もう二度と会うつもりのないひとに会わざるを得なくなって憂鬱。
先生に打診されたら、そりゃ引き受けるしかないわけですよ。
だって、そんなの当然「会いたくない」とかそんな気持ちより、先生に対する愛の方が深いのですから。
しかし、これでどう足掻いても会ってしまうのだからということで転がり落ちそうな予感。
避けていたAという場所に行かざるを得なくなったのだから、好きだったBという場所も避けていたけれど、もうどうせ会っちゃうんだからBの場所を避ける必要もないよね。
なんて気持ちになっている。
それはただの先生を使った言い訳だとおもうぞ、あたし。


会いたくない。
会いたくないのか会いたいのかわかんない。


部屋の掃除と靴磨きと衣替えと卒論をやらなければ。
うぎゃ。
自由になっている暇なんてやっぱりない。


どーでもいいけど、両親からメィルが返ってこないぞ。
あたし、またなんかまずいこと書いたかな。


2004年10月23日(土) TEAR'S LIBERATION

どうにか無事、試験終了いたしました。


解 放 !
フ リ ー ダ ム !
俺 は 自 由 だ !
(今日のタイトルはそんな気持ち。アチラの方々のアレとは直接は関係御座いません。悪しからず・笑)


って言っても、もうすでにそんなに自由になれるわけじゃないんですけどね。
とりあえず、毎日毎日英語の辞書を持って歩くことからは解放される。
うぅ。


まず、英語の試験があって、専門科目の試験があって、お昼休憩挟んで面接なわけですが。


この大事な日に、超ぎりぎりの到着。
もう、どうだろう、あたし……。
理由はあるんですけどね。くだらない理由が。

面接があるので、いくら院試と言えども、いくら内部と言えども、一応スーツを着て行かねばならないだろうなぁ、と思っていたんですよ。
でも、あたしはものすっごく肌色ストッキングが嫌いで(柄ストッキングは大好きなんだけど。網タイツとか)。
だったら、せめて無地の黒ストッキングにしようと思って、前日買ったんですよね、わざわざ。

で、朝、それを履こうとしたら、なんかものすごいきついの。
伸びが悪いと言うのか何と言うのか。
何かよく知らないけれど、引き締め効果とやらがあるのを買っちゃったので。
下の方は伸びずに、股下だけやたらべろーんと伸びてて、これはまずいと思って、下の方の生地を寄せ上げ寄せ上げ四苦八苦していたらですね。
買ったばかりのストッキングをビッっとやっちゃいまして。
それで、慌てて脱いだり履きなおしたりしていたら結構な時間のロスが……。
結局、黒のストッキング生地っぽいハイソックスを履いて行ったわけですが。
わざわざ気合入れてストッキングなんか買わなければよかった。


ので、ぎりぎりに到着したので、英単語もほぼ見直す間もなく英語の試験。
……どう見てもうちの先生の出題。
てゆーか、社会学用語が全く出てこないのはこれいかに。
英語は、直前まで、辞書がないと長文が訳せなかったので、本気で(誇張でもなんでもなく)2、3行しか訳せなかったらどうしようかと思っていたんですけど。
過去問を5年分、辞書使って解き終えて、それから同じ分量くらいの某一流国立大の問題を辞書無しで解いてみたら、意外と解けたんですよ。もちろんわからない単語はいくつもあったけれど。
本番でも、そんな感じで、わからない単語はありつつも、時間内に全訳できました(ところどころ長嶋さん語だけど)。
でも、ある意味メイクミラクル状態。
英文との相性が良かったんだろうな、と思います。
予備校で英文解いているときもものすごく相性に影響されるので(社会学系英文だったらそこそこ点が取れるけど、福祉や法学、政治、経済系の英文だとモチベーションは下がるし、点も出ない)。


専門科目前に30分の休憩。
もちろん専門のためのテキストを見直す。
今まで読んでいた基礎や理論の本じゃなく、公務員試験対策用問題集。
予備校の先生からお借りしたんだけど。
これが結構意外にいい感じで。
基礎の基礎をコンパクトに、図解しながらまとめてあるの。
なるほどなぁ、と思いました。
公務員試験対策用、なかなかあなどれないぜ。


そして、専門科目。

あの、聞きたいんですけど。
もしかして。
先生、あたしの日記見てるんですか!?
いや、99%の確率でそれはありえないと思いはするんですけど。
で、で、で、でも。だったら、あの出題は。あたし、神!?
も、もし先生ご覧になっていたら、教えてください。お願いします。なんなら掲示板に書き込んでくださってもいいんで(死)。
まきちゃんに見つかってもかろうじて生きていけるけど、先生に見られていたら……(絶句)。

と、疑いたくなるのも無理はないですよ。
だって、あれほどこの日記でぐちゃぐちゃ言ってた「コミュニティ」と「アソシエーション」について出題されているんだから!
ヤマカケしたつもりはないのに、ビンゴ。

後の問題も、休憩時間に見てたところがいくつも出てきてあたし的にはかなりラッキーでした。
あ、でも、社会調査に関しては、不得手なので勉強しなければと思いつつ(ほぼ100%出題されるのわかっているのに)、怠っていた所為でかなり基本的な問題が出てきてもテキトーなことしか書けず。意味も知らない用語を書いちゃったり。

基礎学力は、まぁそんな感じだったけれど、論述はやられた。
書いてて、つまんないこと書いてるなぁ、と思った。
高校生の小論文レベルだったかもしれない。
でも、過去問見たら全く何も書けない年もあったので、文字数ちゃんと書けただけでもラッキーな出題だったのかな。

開始30分ぐらいからトイレに行きたくなって。
普段、トイレの回数が1日2回とか異様に少ないひとなので(かなり問題あるけど)、朝トイレ行ってまさかこんなに早く行きたくなるとは思いもしなかったので休憩中にもトイレは行ってなく。
でも、急に寒くなったし、緊張してるんだから、トイレ行っておけばよかった、と後悔。
専門の時間の半分はトイレのことを考えてました。
残り時間30分になると、退出ができるんだけど、しかもあたしはとりあえず解き終わっていたのだけれど、何故かこういう時に途中退出できないひとなのです。
よっぽど自信あるときは別だけど。
ちょっとでも自信がなかったら、これ以上何も思いつかなくても最後まで退出できないタイプ。
そんなわけで、トイレ行きたいっていうのに、ずっと我慢しながら、答案を見つめてました。


お昼休憩なので、隣の教室で受験していた経済のすぎうらくんに会いに。
後期で一緒に受ける授業の対策など話しつつ、お昼御飯を買いに。
お弁当を選んでレジにならんだときに猛烈な予感がして、鞄の中を確認する。
財 布 忘 れ た !
化粧ポーチ入れるなら、財布を入れなさい、あたし……。
あつかましくもすぎうらくんに買っていただきました。
天気がそこそこ良かったので、外ですぎうらくんとお弁当をつつきながら、午前のお互いの成果などを。
経済の受験は、日本人はすぎうらくんただひとりだそうで、つまり英語の問題はすぎうらくんのためだけに用意された問題で。
しかも、すぎうらくんとこも自分の指導教官から出題された問題らしくて。
それって、気まずいよね、みたいな。


面接開始20分くらい前に控え室へ。
直後からものすごくお腹が痛くなる。
なんだ、これ。
いわゆる「胃が痛い」というやつか?だとしたら、あたしの胃ってものすごい下の方……。胃下垂。。。
風邪も完治してなかったので、ごほごほときりきりで気持ち悪くなってトイレに行って、おえっと。
吐瀉がとても苦手なので、当然吐いたりはできないんですが。
とりあえず、トイレなら遠慮なくおえっと言えるので。
お腹は弱い方だけど(ストレスでよくお腹を壊す)、そのときは大抵腸の方に来て、ぐるぐるとした痛みなんだけど、こんなきりきりと痛むのは久しぶり。
そこで痛みの分類とか考えれたからまだ余裕があったんだろうけど(きりきり型とぐるぐる型とずきずき型とどきどき型とどくどく型・笑)。
緊張が痛みで表現されていた感じ。

以前にも書いた通り、受験番号の関係で面接は1番でした。
先生に、「じゃ、瞳冴さんから」って言われて、控え室から、面接室まで歩く。
その直前までは痛みで、すごいだめな表情してたけど、自分でもすっと切り替わるのがわかった。
いよいよ、ドアを開けるんだと思ったそのとき、先生がちょっと待ってという風に手を出した。
なんだろう、と思っていたら、「緊張しないで」と言われました。
ときめいた。
(先生が見てるかもしれないと1%くらい疑っているのにこんなことを書くのはどうだろう)
もうここ数年ないくらいときめいた。
実際にそのときは、すぐドアを開けて入室しなければならなかったので、あまり色々思う暇もなかったけれど。
後から考えると、ものすごいときめきと、ぶわっと涙が込み上げるような感情が。

面接は、3人の先生方と。
一番長老的立場の先生が正面に。
両脇をあたしの先生とまだとても若い先生で。
(それにしても改組していてよかった。改組前だと8人を相手にしなければならないところだった)
内容は……割とぐだぐだ(笑)。
「試験の出来はどうでしたか?」と聞かれたので。
「ここは勉強していたので、よかったんですけど、これは勉強不足で曖昧なことしか書けませんでした」とか。
「論述は平凡なことしか書けませんでしたが、その中でも勉強した社会学的概念を取り入れるようにしました(それをこじつけとひとは呼ぶ)」とか。
自分ダメだしをしていたら、正面の先生から。
「あぁ、明確によくわかってらっしゃる(にっこり)」と言われました。
やっぱり、ダメなんか!
後ももうぐだぐだ(笑)。
あたしもこんな言葉遣いでいいのか、というくらいぐだぐだ(いや、よくない)。
あたしの先生から「松山には帰らないの(にやり)?」と聞かれて、「帰りたくありません!」と即答したり(先生のいぢわる)。
終いには、正面の先生に「まぁ、瞳冴さんのお人柄とかは瞳冴さんの先生がよくご存知でしょうから(にっこり)」と締めくくられてしまい。
……先生、ご存知ですか。実は教え子がこんな変態でストーカーまがいだということ(死)。

このぐだぐだ感は「入れてやるし、内部だから特に聞くことないよ」のぐだぐだか、「いや、どうせ落とすから面接してもね」のぐだぐだか。
悩むところです。


結果として、危惧していた事態は避けられました。
一応、全部解けたし。
先生の顔に泥を塗った、なんてことはない、と思いたい。
でも、やはり過去の傾向と比べると簡単な部類に入る問題だったので、みんなできているだろうな。
後は相対評価か。
でも、ほっ、とした。
よかった。
あんまりみっともないことにならなくてよかった。

この数ヶ月ずっと頑張ってこれたのは、先生の存在があったからこそです。
折角2年も教わってきたのに、何も自分の中に根付いていない認識から。
先生の研究を知れば知るほど、興味深く。
一言で言ってもう虜。
先生の研究と、先生という人間に。
もし、本気で研究がしたいなら外部を受けた方がよかったのは明白(それこそ東大とか。受かるわけないけど)。
でも、今の段階で、先生以上に教えを乞いたいひとなどいない。
先生の弟子になりたい。先生に認められたい。先生に恥を掻かせたくない。
その気持ちだけで、今日を乗り切ることができました。
愛のためにあたしは頑張ったよ。
(だから、先生が見ているかもしれな以下略)


帰ってきた途端、風邪激悪化。
咳だけだったのが、鼻水とくしゃみが再発。
しかもどうやら熱があるっぽい。

ので、開放感に浸って遊ぶわけにも行かずベッドに入ってました。


ぼーっとしていたら、ゆらゆら。
えっ!?と思って起き上がってみると、ゆらゆらはぐらぐらに。
しかも長い。
慌てて、テレビを3日ぶりにつけ、NHKに。
すぐさま報道特番に切り替わるNHK。
最近は地震のたびにすぐNHKをつけるので、なんだか異常にNHK率が高いです。
だって、普段テレビ見ないし。
でも、「新選組!」と「不思議の海のナディア」は毎週見てるし(ヲタめ)。
時々「名探偵ポワロとマープル」も見てるし。
でも、受信料払ってません。ごめんなさい。

地震の震源地は新潟と報道されて、さっと血の気が引く。
ちょうどあの中越地方に実家のあるお友達が2人もいるのだ。
メィルで「実家、大丈夫!?」と聞くのも躊躇われるほどの大きな被害。
東京にいて、3度大きな地震を感じました。
3度目には、怖くて泣いてた。
東京にいるあたしがそんななのだから、震源地近くの人々の恐怖は計り知れない。

何もできない卑小なあたし。
もどかしさ。
でも、結局もどかしいと思うのみで行動には移せない。
所詮、傍観者の立場しか選べない自分が嫌だ。

阪神大震災のとき、幼かったけれど何かできることはないだろうかと考えた。
トルコだったか中東だか近東だかで大きな地震が起こったとき、あたしは高校受験生で、受験勉強なんかするより、トルコに行って穴掘りした方がよっぽど誰かの役に立つ、とか逃避の対象にしてしまったりして。
風邪さえひいてなければ、体力がもっとあったら、卒論さえなければ、ボランティアにでも行くのに、なんて欺瞞だ。


何者にもなれない、ということをもう結構前から自覚している。
だったら、せめて誰かの役に立ちたいと思う。
でも、今の状況を放棄することができないほどに、あたしは「誰かのための誰かの役に立つあたし」よりも「あたしのための何者にもなれないあたし」が好きなんだ。


最終的には、どこぞの国の教会でクッキーでも焼いて暮らしましょうかね。
(>私信 朱瑠さん、どこの教会だったっけ。海馬のアレ)



一刻も早い、ありふれた日々を。


2004年10月17日(日) 天岩戸。

10月は毎日日記を書いてる。
すごい。こんなの約4年のネット生活でも初めて。
日記なんてこと細かく書いてる暇はないけど、だからこそ余計に毎日毎日書いてたんだろうなぁ。

まぁ、それも今日でおしまいですが。


明日からようやく大学が始まる。
卒業する+免許を取る、の両方を達成するためには、結構ハードに学校行かなきゃ。
身から出た錆なんで仕方ないけど。
でも、誰もあたしが4年で卒業できると信じていなかったので、見返すためにもがんばって学校行こうと思う。
今はそんなに学校行くの、苦痛じゃないよ。

夏休みの頃は、試験が終わったら、ちょっくらよこしまな気持ちも持って(卒論に何か役立つか、という)心療内科でも行こうかと思ってたけれど、何か必要さを感じなくなった。
勉強してると満たされる。頭と心が。
目標があって、頑張っている充実感が、気持ちをとても安らかにしてくれる。
春、就活をしていて、それでそれがあんまりうまくいってなかった頃は、全部が嫌で、自分がとても中途半端に思えて、腑抜けだとばかり思っていたけど。
あたし、今、腑抜けじゃないよ。自分ではそう思うよ。

もし落ちたら、後悔はするだろうけど(どうしてもっと早く勉強しなかったのかとかいろいろ)、落ち込みはしないと思う。
その先のことを考えたら憂鬱だけどね。


ほんとのことを言うと。
ほんとにやりたいこと、っていうのは。
教免単位無視して、必要単位と卒論のみに力を入れて卒業(今年度)→科目等履修で教免単位の不足と日本史のサブ免用の単位を修得しながら、受験勉強して、院受験(来年度)→晴れて修士(再来年度)
と、いう道筋なんだけれど(そうしたら金銭以外の各方面に余裕ができる)、そこまでモラトる勇気はないし。状況も許してくれないだろう。

んー。でも、万が一教免取れなかったら、やっぱうちで科目等履修したいなぁ。
教免関係をわざわざ他所で取るのはどうだろう。せっかくうちにいるわけだし。


父に「おまえは今の大学に行きたかったんじゃない。東京に行きたかっただけだ」と罵倒されたことがあるけど。
それは確かにそうなんだけど、それの何が悪い?
それにあたしだって東京なら何でもよかったわけじゃないよ。
うちの大学は毒にも薬にもならない二流ですけど、それでもあたしこの大学に入って後悔してない。
空気が好き。
ひとが好き。
あたしの、生きる場所だと思うの。
あのつまらない大学が。この汚い東京の片田舎が。

恋愛らしい恋愛を初めて経験できた。
空気のような仲間ができた。
何よりも、尊敬し愛する先生と出逢えた。

就職には不利だし、学問をするなら、うちよりもっといい環境のところはたくさんあるけど。
そこには先生がいない。
うちには先生がいる。
うちの大学でよかった。やめなくてよかった。


さて、もう一週間もないのだけれど。
死ぬ気で頑張ろう。
来週の土曜日だけ乗り切れればいい。


久しぶりにバスタブにお湯張って浸かろう。
ひとりで入るときはもったいないからお湯入れてなかったんだけど。


明日は学校だ。


一週間ほど、さようなら。
雲隠れします。
戻ってきたときには、きっと毎日日記書いたりなんてしないだろうけど(笑)。


2004年10月16日(土) bad day

サークルの撮影がダブルどころか4つほどブッキング。
しかも、あたしが関わっているのはそのうち2つ。
正直、今はやりたくないんだけど、ずっと雨で順延されてきた撮影だったのでかなりしぶしぶ行った。

役者で出る方の撮影は、衣装が夏服のセーラーだったので、ものすごい怖かったのだけれど、急遽私服のままで出てください、と。
うーん。私服のままだとわかってたら、もう少しまともな恰好をしてきたのだけど(撮影のときは汚れてもいい機能性を重視)。
マ○の方のメイクはあたしじゃなくてもできるから、断ったけど、結局なしくずしに手伝ってしまった。


風邪は鎮静。


15時過ぎから予備校へ。
集中力もない上にものすごい眠気。
いつもなら、自習室が開いてるぎりぎりまで勉強してくるのだけど、授業が終わったら早々に帰ってきた。


「社 会 的 相 互 行 為 主 義」とはやはりジ ン メ ルらしい。


あたしは、あたしのことを嫌いなひとについて敏感だと思う。
あたしを嫌っているひとと、嫌っていないひとを何となく感じ取ってしまう。
でも、例えばある行動があたしを嫌っていないひとを一時的に不愉快にさせた、ということは非常に疎い。
ので、いつもどこかで誰かを不愉快にさせているような気がする。

予備校の先生は、きっとあたしのことを好きでないと思う。
なんか昔そうだった高校のときの先生と同じ感じがする。
でも、それを感じ取っていながらも、わがままを言った。
もう、なりふり構ってられないのよ、あたしは。使えるものは利用させてもらいます。

敬愛する先生も、あたしのことをあまり好きじゃないのでは、と最近思う。
ここしばらく先生に頼りすぎていたかな。煩わしかったかな、あたしのこと。


あたしを嫌っているのか、いないのかわからないひとがいる。
鬱陶しく思っているのは知っている。
でも、色々迷惑なら、嫌っているなら、同じ場にいたとしても一切声なんかかけるな。
あたしを無視してよ。
こっちはもうそのつもりなんだから。
もう、ほんと、ありえないから。
なんでたった3ヶ月で。
もうほんとある意味で、お願いだから。
髪の毛は切ってくれ。
「あたしは、今度は長髪で年下の男の子とお付き合いがしたいんだ!清らかな!」
と、言えないじゃないか。

ものすごい後悔。
見るんじゃなかった。行くんじゃなかった。せめてもっと早く帰ればよかった。


夜、電話がかかってきて。
「終電逃したコをひとり泊めてくれ」って。撮影隊から。
部屋も散らかっているし、無理、と言ったら。
信じられない返事が返ってきた。
「1時間待つから」
絶句。
1時間?
えぇ、たった1時間。1時間あれば部屋は片付きますよ、今なら。
……今のあたしに1時間かけて部屋の片付けをしろ、と?
勉強を中断して?
言いたくないけど、ふざけんな。
後1週間だって知ってるくせに、そんなこと言うんですか?
他人のために1時間を費やす余裕はない。1秒だって、ない。
今までは喜んで泊めてあげたよ。
役に立つのが嬉しかったから。
だから、部屋が片付いてなくて、他のひとたちがカラオケとか楽しんでる間もひとりで部屋の片付けしたりして、泊めてあげたけど。
何で今のあたしにそれを言う。
何でそれくらいわかってくれないの。

「掃除する1時間があるなら、本を読みたい」って言ったら、電話の向こうは一瞬沈黙だった。
だから、ひたすら謝ったけど。
あたし、謝るところじゃないよ。
「もういいよ」
と、電話の向こうで、直接話していたわけじゃないひとが言ったのが聞こえたけど。
それでも、あたし、悪くないよ。

みんな、「うちの院くらい」って言うけど。
あたしだって、所詮うちの院だと思うけど。
それでも、受けるひとは誰だって不安だし、追い詰められるし、残り1週間ならラストスパートかけたいんだ。
ほんとなら撮影だって気が進まないんだ。
あたしが崖っぷちなのも知ってるくせに。
だいたい院を受ける気がないひとほど「うちの院くらい」って言うけどね。
うちの院は枠は小さい上に内部の優遇なんて一切してないんですよ。

終電を逃した、女の子、を見捨てた、っていうのは。
かなり自分のことしか考えていない。
それくらいわかってる。だから咄嗟に謝ったじゃないか。
でも、もう1週間なんだから、お願いだから、自分のことだけ考えさせてよ。
邪魔しないでよ。
それに、他にもこの近辺に住んでるひとはいるじゃない。


気分悪い。
何でこんなに気分が悪いんだ。
自分自身も気分が悪いけど。
あたしの言葉でみんな気分悪くなったんだろうな、と想像すると更に気分悪い。


2004年10月15日(金) i am abstaining from drinking now !

風邪悪化。
なけなしのお金で風邪薬を購入。


最近のお金の使い方。
けちる→お洋服(てゆーか買わない)、自分ひとりごはん(1日500円以下)
けちらない→ひとと食事するお金(つまり、お酒)
……といっても今は、ひとと食事する時間をけちってるんですがね。
あぁぁ、もう二週間もお酒呑んでない。


お金と言えば。
友人が10日ほど、ヨーロッパに行ってるみたい。一人旅。
男の子なので、行き当たりばったりの安宿に泊まったりしているらしいけれど、ヨーロッパは物価が高いらしい。
ふーん。消費税も高いしね。
日本にいたときは放置していたブログをヨーロッパからせっせとつけているよ。
イタリア行ったりフランス行ったりベルギー行ったり。
いいなぁ。
あたしも、10日ぐらいヨーロッパをふらっとしてみたいよ。憧れ。
8月は社会人並に働いていたみたいなので、お金の余裕があるんでしょうな、彼には。
いいよね、就職決まってるやつは!
(あたしの周りで彼が一番早く就職を、それもそこそこ有名(らしい)どころに)
でも、卒論は大丈夫なのかい?
(あたしの周りで彼が一番遅かったな、中間発表のレジュメ提出)
卒業できなかったら大変だゾ☆


「社 会 的 相 互 行 為 主 義」がわからなくて悩む。
一体、何についていいたいのか。
ヴ ェ ー バ ー個人か。それともヴ ェ ー バ ー以降の方法論的個人主義的立場の理論か。
前者だとしたら、やたら古臭い理論を述べるに留まってしまう。
でも、後者だとしたら、広げた風呂敷をたためない感じ。
と、迷っていたら、予備校の先生から「ジ ン メ ルのことじゃない?」と言われる。
ジ ン メ ル……。じんめる、じんめる。
まだ、そこまで辿り着いてないよ!
……と思ったら、かなり初期のひとだった。やばい。見落としてる。


東大の問題を写す。
うちの院では、必ず用語説明が出てくるので、東大のそれっぽい問題を写す。
用語説明の語句がすでにフランス語とかドイツ語とかだったりもする。
読めないし、訳せませんよ。あわあわ。
さすが、東大。

東大と言えば、ゼミからひとり東大の院に受かったらしい。
すごいなー。でも、納得。
hydeに似た華奢で美しい顔をした24歳。元・理系。
天はニ物も三物も与えたいひとには与えるらしい。
(といっても彼は自分の造作を全く気にしてなさそうだ。そこもまた素敵)
彼には、入学した当初に毒舌を吐かれた覚えが(笑)。
「○○○○(社会学者の名前)が嫌いなんだよね」
「ふーん。でも、○○はあんたのことなんか相手にしないよ(にっこり)」


過去問が、うーん。
全部解けるかな。
過去問ばかりやって、基礎知識をおろそかにするのもどうかと思うし。

段々、春入試のことを考え出したり(うちはやってないんだけどね・涙)。


2004年10月14日(木) オンリーワンよりナンバーワン。

「世○にひとつだけの花」という(検索ヒットが怖いため、無意味に伏せてみる)あの歌が嫌いでね。
何が嫌いかって、あの歌をス○ップが歌ってるっていうのが。
「あんたたちなんかにオンリーワンとか言われたくないんだよ!うわぁぁぁんっ!」て気持ち。
要するに、アイドルナンバーワンの彼らにそんなこと言われてもどこに説得力があるの、っていう。
明らかに先生の影響も入ってるんだけどね(笑)。
後、天邪鬼なので、世間様に大流行したものほど、嫌いになるという(「冬の○ナタ」とか「世○の中心で、○を叫ぶ」とか、あと、なんだ、例えばオリンピックとかワールドカップの盛り上がりとか)。
「世○に〜」の唯一の救いは、草なぎくんのドラマの曲だったってことかな。
彼は、ス○ップの中では、ナンバーワンになれないけど、オンリーワンだと思うから。
これでキム○クのドラマの主題歌だったりしたら救いが全くなかったよ。
槙原が歌うのを聞くと、また別の感じに聞こえるよね。アルバムのCMでしか聞いたことないけど。
しかし、この曲を槙原が歌うと、なんか、切実さを感じて痛々しい。

格闘技もものすごい勢いで大嫌いなんだけど、たまたまテレビつけてたときに出てきたある格闘家(誰だか知らないし、覚えてもない)が「俺たちの世界でオンリーワンなんてきれいごとっすよ。オンリーワンじゃダメだ。ナンバーワンじゃなきゃ意味がない」って言ってたのを聞いて、格闘技は嫌いだけど、このひとの言ってることは好き、と思いました。

オンリーワンなんか意味ないよ。
ていうか今更殊更言い立てることじゃないでしょ。
ある意味前提条件。
その上で、何かを極めようと思う人間は、なれないとしてもナンバーワンを目指さなきゃダメだと思う。


で、関連があるようで、全くないんですけど。
昨日、受験票が届きましてね。
……受験番号が、どうにも1番みたい。はは。ナンバーワンだぜ。
17X001番だったのですよ、受験番号が。
何だ、この大きな数字は、って思って考えてみたんですよ。
�,Δ舛留,和燭�たって総勢1000人も受験しないけど、多い学科だと100人を越える受験者がいる。
�△Δ舛粒慇卮峭罎脇�学年度と学科の番号と学科内の番号で成り立っている。
以上、2点から推測するに上二桁の17は、17年度入試。三桁目のXは専攻の番号。残り三桁が受験者番号、という風に読解できましてね。
あたしの番号のXという数字がおそらく専攻番号と当てはまるんで。
…………あたし、1番ですか。
なんて、みんなやる気ないんだ(出願の)。
あたしだって、受付開始の日の夜出したんだよ。そうすると、到着してるのは受付開始の翌日。誰もそれ以前に出してないんですか。
……自分が1番だと、一体何人くらい出願しているのか検討がつかないよ。
……筆記試験の解答を1番にされるのか。
……それでもって、たぶん面接も1番にやるのかよ。
あ、ぁあ、あ、あ、あ。勘弁。
先生方よく言うんですけど、試験のときの解答でもついつい最初の方は辛く採点しがちになるって。
……後の方がいろんな意味で有利じゃん。。。
こ、この真っ先に出願した熱意を買ってくれまいか。否、ない。
やーだーなー。合格発表のとき、1番の番号がない、って何かものすごく切ない。他人事でも。

運が、ないよ、あたし。


風邪は鎮静。
喉が少し痛いけど、鼻水とくしゃみは治まった。


過去問やり始めると本を読む時間がなくなる。
時間がない。時間がない。うぅう。
英語の過去問をやってみる。
辞書があったら、ほぼ間違いなく訳せるのに。。。
語彙力がない。どうしよう。
単語の品詞がわからなければ、場合によっては構文も取り間違えるのに。


キングオブブックスにおもしろいことが書いてあった。
N a c i r e m a(ナ シ レ マ)族の話。
ナ シ レ マ 族は、口腔衛生に異常に気を使う民族で、口腔状態如何で人生が左右されると信じているらしい。
彼らは、魔法の粉を豚の毛につけて、口腔内に塗りたくる儀式を行う、と。
このナ シ レ マ 族というのは実は、Americanで(N a c i r e m aの逆スペル)、ある民族にとっては儀式でも呪術でもなんでもない日常的慣習が、脈絡を無視してしまえば、奇異なものに見えてくる、というお話。


夢の中にまで社会学が進出してくる。
あたしは古くて小汚くて狭いケェキ屋でケェキを食べていた。
するとケェキ屋のオヤジ(マスターとかそんないいものじゃなくて、居酒屋のオヤジって感じの店主)が「ギ デ ン ズって最高だよね〜!」とか話し掛けてくるの。
「ギ デ ン ズほどの社会学者はいないよ!」とか。
どうせ夢の中に出てくるならもっと実りのあることを言って欲しい。。。
デ リ ダも出てきた。まだ、あたしの勉強はデ リ ダまで到達してない。
こないだお亡くなりになられたという影響だろうな。デ リ ダ。


2004年10月13日(水) ドーピングと脳みそブログ。

あ、あ、ぁ、あぁあぁぁ。
あと、10日。
気分的に最後の審判を待っている感じです。


今日からドーピング始めようと思います。
D○CのDHAサプリメント。
約15日分500円弱。
500円でやる気とか集中力が買えたら安いものです。
効力あるのかどうかは知らないけどね。


脳みそがブログになればいいのに。
とか、何とか考えた日でありました。
用語カードを作っていて。
用語を表に、裏にその説明を書いて、説明の中の重要用語だったり、事項だったりを赤のペンで書きながら。
ブログなら、リンク貼られて、クリックすれば、その用語についての説明にいけるんだよなぁ、と。
でも、基本的に脳みそはブログだと思うんですけどね。
リンクという名のシナプス。
ちょっと違うか。ま、いっか。


ゼミの日でした。
天気がはっきりしない所為か、集まりがいまひとつ。
最近、ゼミにいるときはやたらハイというか躁で、自分で後から引く。
躁のときって、けして愉快なときじゃないよね。
追い詰められて笑うしかない状況だから、躁みたいな。
誰も信じてくれないかもしれないが、ゼミの中では「無口な瞳冴さん」だったのよ、去年までは。
えぇ、去年までは。
学科のお友達と話しているところを先生に目撃されて「別人かと思った」と言われるくらいに。
……大猫被ってました。
人見知り、という名の大猫。
あたしは、ある特定の要素で、ものすごい人見知りぶりを発揮する。
よかった、地元の大学行かなくて(要素たっぷりだから)。

あたしは、社会学が好きなんじゃなくて、社会学的雑談が好きなんだなぁ、と実感しました。
やっぱ、院になんて行く資格ないかも。

ゼミの討議の中では、結構自分の研究と通ずるところがあるんだなぁ、と思いました。
元彼(おにいちゃんじゃない方ね)の発表だったんだけど。
ウェブ日記って「じこけーはつ」(検索避け・笑)だな、とひそかに思ったり。
特にここ数日のあたしのやってることなんてまさに。


図書館で勉強していたら、新聞読んでる元彼を発見して、ちょっとお願いがあったので、お願いしてみたり。
用件は手短くすむので、用件だけ言ってさっさと去りました。
なんか、会話をしたそうに見えたのは、自意識過剰だろうか。うん、自意識過剰だろう。
だけど、なんとなく会話したいと思いました。卒論のこととか。勉学のこととか。
でも、今時間を使うのはあたしにとってはとても合理的じゃないので、ぜひ来月。


今更だけど、初めて過去問に手をつける。
社 会 シ ス テ ム 理 論について述べるのに(たぶん、かなりスタンダードでストレートな問題)、本を参考にしながらじゃないと書けなかった。
てゆーか、何も見ずになんて無理。無理。無理。
あぁぁ、本番どうしよう。
どうでもいいけど、この問題、先生が作ったんだろうな、と。
先生の本を参考にしながら書いたら、8割書けた。


何故か風邪ひきました。
寒い恰好とかしてないのに。
風邪ひいてる余裕なんてないんですけどね。


2004年10月12日(火) 半年振りの学生証。

ずっとなくしたと思っていた学生証を見つけました。
もういい加減、今使っている鞄は春夏っぽいから、秋冬用の鞄にシフトしようと思って、秋冬用の鞄の、昨シーズンのままになっている中身を整理しようとしたその時に。
ぴらりと。
……こんなところにあったのか。
いつも収納する場所を決めていたのに何故なくなったのか、不思議で不思議でたまらなかったのだけれど。
よかった。後半年なのに、再発行とかいうめんどくさい手間を踏まずにすんで(そして踏まなくて)。
半年、見当たらなかったから時々困ったことになっていたのよね。
ちょうど半年前に免許を取ったから、学校以外の場所での身分証明はそれを使えたからよかったんだけど、学内はね。
この前も成績表を受け取る際に、学生証が必要だったけど、持ってないので「忘れた」って言って、図書館利用カードで代替してもらおうと思ったら、事務のおねいさんがこっわい声で「ほんとに忘れたんですよね?なくしたんじゃないですよね?」と聞くので、反射的に「はい、家にはあります」とか言っちゃって、どうしようそろそろいい加減再発行の申請をせねばと思っていたのに、とか危機感を感じたりした後で。あぁ、よかった。
……ていうか免許の写真は今までの写真の中で1、2を争うぶさいく写真なので、できるだけ免許は使いたくない。
……ていうか、秋冬用のあの鞄に学生証が入っていたことを考えると、免許合宿のときが最後か、学生証使ったの。

うちの学生証は紙です。プラスチックカードじゃありません。紙です。この時代に。
普通の画用紙程度の厚さの、紙。ので、学務課には、セルフのラミネート加工の道具があるのだけれど、あたしはそれに失敗して、紙の部分と、プラスチックのカバー部分が乖離してぴらぴらになっていてずっとどうしようかと思っていたのだけれど、普通に考えて、糊で張り合わせちゃえばいいだけのことだった。
何で1年間も気付かなかったんだろ。
とゆーわけで、半年振りに手にする学生証を補修。

しかし、これもひどい写真だ。
写真写り以前の問題。
写真撮るのに、よくこんなぼさぼさの髪で。よくこんなしわくちゃのブラウスで。鬱。
化粧はしているけど、ピンクの口紅はあんまりはっきりしなくてよくないし。
よくこんなのを、実習書類やら、部屋の契約書類やらに使ったよ。ちょうど時期的にいろんな書類を出さなきゃいけなかったから、この写真はかなり使った、はず。鬱。

それに比べるとこの前の写真(写真日記参照)は、髪も服も乱れてないし、口唇の色も健康的に見えて、そこそこの写りじゃないかと思って、見比べてみた。
……顔の輪郭変わってるし。
約2年前の顔の輪郭は、四角くて嫌だったけれど、今の輪郭もどうだろう。なんか貧相な感じ。

やっぱ痩せてきているのかな。背が低いから太ったらやばいと思っていたけど(確か2年前は一番太ってた時期だ)、痩せすぎてもあまり美しくない。というか、常に顔の輪郭が気に入らない。鬱。


あんまり鬱、鬱言ってたら、「ほんとに鬱のひと」に「軽々しく言うな」と怒られた苦い思い出が。


半年振りの学生証には色々な思いが去来しますね(ひとごとのよーに)。
証明写真と言えば、金髪のときに撮った写真はどうしよう。年月も経っている上に、金髪。さっぱり使い道がない。前のバイト先の従業員カードとスカイメイトという今は両方とも意味のないものにしか使ってない。バイトの面接でも使うのは躊躇われるよな。。。


ノルマの穴埋めは諦めて、とりあえず出来る限りのことをしようと。
もちろん一日のノルマは心の片隅において。
時々、集中力がぷつんと切れちゃって困ったちゃんなんだけどね。

ジェンダー論。
思想の歴史的な流れの結末が「ジェンダーがセックスを決定する」というところにはものすごい違和感を感じた。
だって、セックスはセックスじゃん。
ただし、「セックスがジェンダーを決定する」わけではないことは確かだと思うけど。
生れ落ちたそのときは、セックスよりもジェンダーが強いかもしれない。
第二次性徴を遂げていないから。男性なり女性なりの性的機能を使える動物ではないから。
でも、成長してしまえば、多くのひとはセックスに抗えない。
ジェンダーからは不可避である、という理論がなされていたけれど、セックスからも逃げることは困難だ。
それとも、セックスから逃げるという選択を取らないことが、セックスよりもジェンダーが上位に考えられている理由だと言うのか。
ジェンダーとセックスに縦の関係があるのではなく、相関関係だと思うけどなぁ。

家族論。
近代家族は趣味的なものである、という下りは笑った。
論理的に突き詰めていけば、そうなるなぁ。納得できる論だった。
そういえば、うちの大学には家族論では高名な教授がいるけど、彼が昔、講義で言ってたことがおもしろかった。
「『先生、うちの息子ったら卒業しても家業を継がないって言ってるんですよ。だから、私、言ってやったんです。あんた、先生のところで家族について勉強してるんでしょ!だったら、もっと家族大切にしなさいよ!って』と仰った学生のお母さんがいらっしゃるんですけどねぇ。いやー、『私の研究は家族なんて幻想であるといったものなんですよ』とは言えませんけどねー」
社会学から見れば、近代家族は幻想だし、趣味。社会学は見たくもないことを見なければならない学問である、というのがこの先生の口癖だったな。
そんな先生はたぶん娘を溺愛してそうだから、先生自身、学問と家族の狭間でいつも苦しい思いをしているんだろうなぁ。


キングオブブックもぼちぼち読んでいたり。
1章を読んで、最後の2章を読むという順不同な感じで。
でも、最後のほうに社会学理論だの調査研究方法だの、基礎的なことがあったから、そちらを先に押さえとく方がいいかと思って。


そういえば、明日はゼミの日。
週に1度くらいゼミがある方が、生活に活力が出る感じ。
はぁ。でも、先週のゼミで先生に「勉強してる?」って聞かれたけれど。
……いや、もう、無理。ほんと受かる気がさっぱりしない。
落ちたらどうしようかな。やっぱ強制送還かなぁ。


2004年10月11日(月) ミクロな世界の中心で、アイを叫んだ獣たち。

「児童期」と書きたくて「自意識」と書いちゃう自意識過剰な瞳冴ちゃんです。
「多様な」と書きたくて「多様年華」と書いちゃう潤いに飢えた瞳冴ちゃんです(「花様年華」見たかったけど、結局見てない)。
「超自然的」と書きたくて「超自殺的」と書いちゃう殺伐とした瞳冴ちゃんです。

なんだ、この集中力のなさは。


えーと、勉強は相変わらずノルマの穴埋めどころか(以下略)なので、今日は書きません。

なんか、イライラしてるなぁ。
おにいちゃんが夜中に電話かけてきて正直ちょっと迷惑だと思ったり。
あの頃、一番集中力があったのに。
迷惑だと思ったなら、「勉強してるから」って言って切ればいいんだけど、なんつーか、あいつ、ずるいよ!
すごい憐れっぽい声で謝ったりするからさ、無碍にできないのよ。

はぁ。その後はほとんど勉強せずに寝ちゃったし。


変な夢を見た。
ハイジャック+バトルロワイアルみたいな。
いろいろな方法でひとが死んでいったり。
臭いまでリアルな夢は初めてかも。
あたしを、助けてくれようとしたひとを、殺せと言われたり。


ネットしてても結構イライラすることが多い。
……くせに、やめられないのはもう(以下略)。
最近、また見つけてしまいました。
リアル知人のHP。おおっぴらにしてないやつ。これでもう3人目。
立派にネットストーカーですね。


「見える世界」と「見えない世界」があると思う。
その世界の外部にいる人間に一体何がわかるんだ、という憤りに似た気持ちはよくわかる。
あたしも、そうだったから。
でも、結局のところ、その小さな世界だけで社会が成り立っているわけではなくて、社会システムのサブシステムの中の一部に過ぎないわけで。
社会が成り立つためには、その小さな世界とその外部の存在も確かに必要なんだよ。
視野が狭い、という批判に憤ったのだろうけど。
それは甘んじて受け入れざるをえないんだよ。屈辱的だけど。
自分が中心にいるという自覚での研究は、社会学では在り得ないよ。
認めたくないけれど、その世界に存在するからこそ、見えないものってある。
リアルだとは、けして認めたくないけれども、世界の外部からしか見えないものもある。
世界に内在している事実は、それは確かに外在している立場よりははるかに多くのことを知りうる。
でも、その世界がすべてだとは、やっぱり思っちゃいけないんだよ。
少なくとも社会学をする上では。
世界が社会の中にどう位置するか。どう繋がっていくか。
それを知りたければ、その外部にも目を向けるべきだよ。
当事者の認識と、社会の認識のズレを見つけたいならなおのこと。
これ以上自分を卑下する必要はないと思う。
でも、自分が未熟であることは認めなければならないと思うよ。
認め、敢えてそこに留まろうとするその気持ちはわからなくもないけれど。
でも、そうしてしまったら今、夢中になっていることの価値さえ半減する。

あたしは、たぶん、君の想像よりも君を仲間だと思っている。
痛々しい。いつかの自分のようで。いつかの、大切だったひとのようで。

とりあえず、先生も、批判した彼も見ているとわかっている日記で、憤りをぶつけるのは、どうかと思うけどね。

あたしは、ゼミ関連にはばらしていないしばらす気もない日記だから、ごちゃごちゃ言ってる卑怯者ですがね。


2004年10月10日(日) 新宿は豪雨。

……の翌日。
新宿行ってきましたー。
新宿行って、○イ行って、とんぼ帰り。
ほんとに他には何にも行ってないよ。こんなの初めて。
伊勢丹の前の通りが、何故か歩行者天国で大道芸人パラダイスに。こんなのも初めて。
林檎姫が歌うように、新宿という街は、何故か冬が似合う。特に伊勢丹。


今日の予定のメインは新宿じゃないんですけどね。
予備校で模試。
模試の帰りに新宿。


……相変わらず英語ができない。
和訳で「collectiveなmind」ってあんたは長嶋さんか、という。

専門小論文は、割とさらさらとジェンダーや少子化について。
こないだ読んだ本が役に立ったぜ、と試験直後は思っていたけれど、配布された解答読んでみると、ジェンダーの定義から説明が必要なんですか。えー。しかもこないだ出た合計特殊出生率(「しゅっしょうりつ」が正しい読み方なのにいつまでたっても「しゅっせいりつ」と読んでしまう)を反映させると望ましいんですか。えー。


予備校行くときの電車で、扉に近い手すりを持って立ってたら、西荻で乗車してきたひとに「あー!」と叫ばれる。
……ゼミのコだった。
そっか。西荻に住んでるんだもんね。いいなぁ。あたしも、住みたい、西荻。
いや、今住んでるところが一等好きだけど。
憧れ。西荻夫婦。ミーちゃん。
「お出かけ?」って聞いたら「うん」って。
いいなぁ。何か髪の毛茶色くなっててふわふわで可愛くなってるし。
卒論の話など。
さっぱり進んでないとか言うけど、インタヴューしてるだけあたしより全然進んでる。
「あたしのは街に出れば捕まるから」……そうよね、いいよね。あたしはどうやって対象者を探したらいいかもわからないよ。がっくり。

いちゃいちゃしてるカップルがいた。
一泊旅行に行くらしい。
あ、そっか。
世間様は3連休ですか。関係ないね。
あたしも早く新しい彼氏ほしいですねぇ。
嘘。
関係性0のひとと、1から関係性築いていくそんな手間は、もう正直めんどくさい。
できるような予感がしない。
とか、相棒に言ったら「あんたも枯れてるね」と言われましたよ。
えぇ、潤いなんてありませんよ。


勉強はさっぱり進まず。
ノルマ穴埋めどころか、本日のノルマクリアどころか。
気付けば途中で寝てましたから(本格的に)。


「構造=機能主義」がわかったことだけ特筆。
今まで「コーゾーキノーシュギ」としか理解できてなかったんだけどね。
行為者の地位を社会的構造と捉え、役割を社会的機能と捉える、社会的相互行為を二元的に見る方法。
で、いいのかな、とりあえず。


2004年10月09日(土) 嵐。

覚醒したのは15時半でした(死んでしまえ、あたし)。


覚醒したのは、最近登録してるお天気のメルマガの号外が送られてきたから。
「観測史上最大の台風接近中。外出しないで下さい!」と。
……外出しないでください、と言い切られても今日は予備校の日。

でも、念のためと思って予備校に電話してみたら「台風で休講です」とのこと。
よかったよ、無駄足踏まなくて。


夕方までは、風はたいしたことなくて、雨だけ強いなぁ、と思っていたのだけれど、17時過ぎから風に煽られて、雨が窓を叩きつけるようになりました。
1日中テレビはつけなかったけれど、ネットでチェックしてみると、電車が動いてない。
そういえば、さっきから電車の音が聞こえない。
あたしの足の中央線は運転見合わせ状態。
……外に出たら帰れなくなるところでした。
ベランダに落ちてる洗濯ばさみ容れ(つまり、ゴミ)がお隣に飛んでいかないか心配。


昨日の遅れを取り戻そうと思ったのですが。
……昨日の、遅れの穴埋めどころか、今日のノルマすら……(死)。


今日から読み始めた新しい本は1日3章をノルマに設定したけれど、2章しか読めず。
1章のページ数は少ないけれど、内容が詰まっているので(そういえば判も大きいし)、読むのに思ったより時間がかかりました。

「行為」と、「合理的選択と集合的帰結」について。
行為は……パ ー ソ ン ズVSシ ュ ッ ツ?
パ ー ソ ン ズの言い分を聞くと、個人のパーソナリティというものが完全に無視されているので、シ ュ ッ ツはもっと個人に焦点を当てようとした、ということ?
つまりシ ュ ッ ツは、この本では「解釈学的」とあるけれど、別の本で読んだ「意味学派」ということ?
もう「行為」について読むのも何度目かになってきたけれど、わかってるんだかわかってないんだかよくわかんないって状態ですね。いつも。
読んでるそのときは理解しているような気になっているけど、後から説明しろと言われたら無理、みたいな。
ところで、あたしはミ ー ドがものすごく好きらしいです。
パ ー ソ ン ズとかわけわかんないと思いながら読んでてもミ ー ドが出てきたら、何かすっと入ってくる。
マクロな分野は苦手ですな。ミクロがいい。ミクロ。ミクロ。

「合理的選択と集合的帰結」の部分ではおもしろい事例がふたつほど、紹介されていた。
ひとつはO・ヘンリーの『賢者の贈り物』……貧しい夫婦が、クリスマスの贈り物をするために夫は自分の大切な金時計を、妻は自慢の美しくて長い髪を売って相手に贈り物をする話。ところが、妻は自分の髪と引き換えに、夫の金時計の鎖を買い、夫は自分の時計と引き換えに、妻の長い髪に差す櫛を買っていて、ふたりの贈り物は無駄になってしまったけれど、ふたりはお互いの愛情を確認できたのでした、という実にいい話だ。
これを「この夫婦は、自分にとって何が最良か(自らを犠牲にしても相手が喜んでくれるだろう)という合理的選択を行ったが、けして利己的ではない。利他的である。つまり、合理的選択はけして利己的なものに限らない」という説明をしていた。
それはよくわかったけれど、ふと思ってしまった。
時計はほっといたら戻ってこないけど、髪はほっといても伸びるよね?
……こんなことを考えてしまう自分の心は真っ黒です。はい。
妻はまた伸びた髪を売って、それで夫の時計を買い戻せばいいよ(そういう問題じゃない)。

もうひとつは「囚 人 の ジ レ ン マ」
このエピソードはちょうど1年前の実習中に経済専攻の実習生仲間すぎうらくんから教わったなぁ。
「社会学やってるのに、『囚 人 の ジ レ ン マ』知らないのはまずいでしょ、瞳冴さん(笑)」と言われつつ。
「囚人AとBがいます。ふたりは双子で相手が考えていることが手にとるようにわかりますが、仲は悪いです。隔離されて収容されていますが、それぞれ取引をもちかけられました。『両方とも黙秘じゃ埒があかないんだよ。自白してくれない?』と。この取引の条件は、AとBが共に黙秘した場合それぞれ懲役5年。A、Bどちらかが自白してどちらかが黙秘した場合。自白した方は懲役2年。黙秘した方は懲役10年。両方とも自白した場合はそれぞれ懲役8年。さて、囚人AとBは黙秘する?自白する?」
と言った内容。
で、1年前のあたしは、「黙秘する」ってすぎうらくんに言ったら「はい、はずれー」と言われてしまったのでありました。
「だって、自分も自白して相手も自白したら懲役8年だよ。だから、相手も黙秘するだろうと考えて懲役5年」と考えたのだけれど。
「でも、もし黙秘して相手がその裏をかいてきたら?自分だけ懲役10年だよ。リスクが大きいんだよ。それに比べ、自白することを選んだら相手が黙秘したら得だし、相手も自白しても自分に(相手と比較して)損はないわけ」とのこと。
つまり、これが合理的選択。で、結果として懲役10年というのは最良の結果ではないけれど、集合的帰結となる。つまり、最良の結果が集合的帰結ではない、ということ。
そういえばすぎうらくんは今、何をしているんだろう。彼も院に行くとか言ってたはず。
後期になったら、教免系の授業で一緒だけどね。この授業取らねば教免が取れないので、またふたりして必死になって(去年もそんなことをした)助け合うんでしょうねぇ。助け合いの精神て大事だよね。


ちまちま読んでるこの本は、2項のみ。
昨日のノルマを埋めるためにはもう1項読まなければ。

昨日読んだ部分とセットで読みたかった「時間の形態と社会」の話。
この執筆者W林M夫の文章は、高校3年のとき、受験用の国語の問題集の論説文の問題として一部を読んだのだけれど、ひどく感動した覚えがある。
今日もちょっと感動した。
あたしは、「空間」という概念は苦手だが、「時間」という概念はものすごく愛している。
それでいて、あたしの中の時間の概念は近代以前の時間の概念のようだ。
永遠の都ローマ……みたいな。
このひとの書く時間論や空間論は、論文だけどちょっと感動できる、と思う。
高校生にお勧め。
日常が平凡でつまらないと思っているひとにお勧め。
日々に少し刺激を与えてくれる文章だと。

もうひとつは「宗教」について。
あー。でも、これはなんか余分な文章で字数とりすぎ。
「宗教って言うのはね、こんな小さなスペースじゃ言い表せないんだよ!」みたいなことを延々と。
わかってるんなら、さっさと本題に入れば?
結局今ひとつぴんとこなかった。


キングオブブックは今日も(以下略)。
ぐはっ。


今日はほんとなら撮影があったんだけど、中止。
でも、台風の所為じゃなく、学内が終日全域停電になるからだって。電気工事のために。
電気工事なんかできるのかしらね、この暴風雨の中。
てゆーか、停電がなければやる気満々だったらしい。無理無理無理。

夜に、台風を心配しておばあちゃんから電話。
最初、父からかと思って(お父さんの名前とおじいちゃんの名前が似ててね)、「あー?」みたいな声を出してしまって、おばあちゃんに「瞳冴ちゃん?」と言われて、あわあわ。
「あ、こんばんわぁ♪」と、慌てて変化(へんげ、と読む)。やばやば。
ちゃんと相手を確かめてから電話を取らなければ。
一瞬、父から電話だと思って、「何だろ?もうすぐ試験だから、何か言ってくれるのかな?」とか期待した浅ましい自分が嫌い。


2004年10月08日(金) だめだめ。

ねむい。
一日中、慢性的に眠い。
猛烈に眠いわけじゃなくて、なんとなく眠い。
集中力もさっぱりだし。
ノルマも達成できず。半分。がっくり。鬱。


朝7時半くらいに寝て、覚醒したのは13時ちょっと前。
お風呂入って、化粧して、予備校へ。

駅ビルの本屋で、明日から読む新しい本を購入。
買おうと思っていた本が、思ったよりも受験向きじゃないように感じたので、急遽変更。
急遽、変更したので、どうだろう。
この本の評判を知らなくて不安。今アマゾンで見てもレヴューが1件もないし。
有斐閣(いい加減辞書登録しよう……)という出版社を信用するしかないか。
全23章。1章ごとのページ数はそんなにないので、明日から3章ずつ読んでいきたいと思う。

予備校行って、授業が始まるまでに、先週の英文をちょろっと訳してみたり。
それにしても、英単語が覚えられない。何でこんなに動詞は覚えられないんだろ。

授業で、提出した先週の英訳はかなり点数が良かった。
あーあ。本番も辞書持込可なら、なぁ。自信持てるのに。

先週提出した訳はほぼ間違いなかったのに、さっき訳したのは最後の最後でものすごい構文ミス。ぐさり。やばい。

授業後は自習室で閉館時間まで英語をしようと思ったのだけれど、もう全然集中力がない。
ちっとも進まないし。
相変わらず痛む背中の所為にしたい。

予定より30分早く切り上げ。

昼間外に出たときはたいしたことなかった雨が、結構な勢いで降っていた。


帰って、御飯。
あさりのスープパスタ。
食べると、今日もまた背中の痛みが緩和する。
食べた直後は、集中力も出た。


この本を読了。
最後の2章は外国人労働と世界システムの話。
……外国人労働の話は正直つまんな(以下略)。
あたしに全く興味がない所為だろうなぁ。それじゃだめなのだけど。
「外国人労働問題」ていうかなり具体的事例をメインに取り扱ってるので時事的な古さが否めず。
毎日毎日、古い本だという感想ばかりなのも、どうだろう、あたし。

世界システムは「ウ ォ ー ラ ー ス テ イ ンきたー!」って感じ。
「ウ ォ ー ラ ー ス テ イ ンの世界システム理論」
去年まで3年連続で落としている(……)授業の先生が「ウ ォ ー ラ ー ス テ イ ンの世界システム理論」がお好きらしくて、去年のテスト前は、ネットで調べたなぁ。
これまで「中枢―衛星」(フ ラ ン ク)或いは、「周辺部―中心部」(ア ミ ン)と二元的に捉えられてきた世界システム(2層システム)を「中核・半周辺・周辺」というふうに「半周辺」を加え、3層システムモデルで世界システムを論じる考え。
「中核」が北西ヨーロッパ+アメリカ(今ならヨーロッパほぼ全域かな?)、「周辺」がアジア+アフリカ、「半周辺」が日本(現代ではほぼ中核?半周辺に組み込まれた地理的要因と資源的要因はクリアできないけれど、経済的影響力は西洋諸国に劣らないわけだし)+ロシア+新興工業国(NIEs)。
「かつては複数あった世界システムは、次々と中核に接合されることによって、単一の資本主義世界システムに統合された」とある。
……わかったような、わからないような。
もう1度時間を見つけて読み直してみる必要がありそう。


この本はノルマクリアできず。
1項と1コラムのみ。もう1項読まなければ。
「空間」とはなんぞや。という話。
「空間」は、近代科学が考えるような「空虚な間」で、形のないものではなく、社会形態と密接に関わってくる。
「空間」は思念されると共に生きられるものであり、それによって社会的な営みに有意味な形(=秩序)を与えるものである。
近代は、伝統的な空間形態と社会形態をもろともに解消しつつ、それらを普遍的な、それゆえ歴史的にはきわめて特殊な形態をもつ空間と社会へ再組織化している。
……というのが、重要なポイントなのかなぁ。
空間形態と社会形態は、社会的相互行為からなる、と解釈していいのだろうか。
社会的相互行為の結果なら「社会的事実」という言葉がすんなり来る感じ。
読んでいて、小学校のときから高校まで一貫して数学の空間図形が苦手だったことを思い出した。三次元を考えるのが苦手。


キングオブブックは手付かず。
うぁー。


早めに寝て、生活リズムを整えて、明日こそ今日の分もやろうと思ったものの、なんだかんだやってたら午前4時過ぎ。。。

今日はだめだめな1日だった。


2004年10月07日(木) リング。(思考の)らせん。(思考の)うずまき。

覚醒したのは14時半でした……(もう、人間としてどうだろう、あたし)。

覚醒したのは、○イから電話がかかってきて。
磨きに出していたリングが、戻ってきた、とのこと。
……取りに行く時間あるかなぁ。
おにいちゃんからもらったリングだけど、今までも薬指につけてたわけじゃないし、これまでどおりどちらかの中指につけるんだろうなぁ。

マ○に「別れた、っても相変わらず束縛してんじゃん」と言われて(随分前だけど)ちょっとへこみ気味。
やっぱ、そうだよねぇ。


起きて、まず昨日つけおき洗いで放置していたスニーカーを洗って。
春から数年振りにスニーカーを履いたりしています。自発的に履くのは中学振り?
L'est Roseの薔薇柄のスニーカーが春に出たのでそれを買って。
カジュアルなファッションはあまり好きじゃないけれど、それでもジーンズはよく履くし、スニーカーが可愛いので、そこそこ可愛い服とも合うので重宝してたんだけど。
だからこそ、もう結構汚れが目立ってきたので、靴のつけおき洗いの洗剤とブラシを買ってみたんだけど。
ぬるま湯に洗剤溶かしてから気付いてしまったこと。
「金属部分がある靴には使用しないで下さい」
……スニーカーの紐を通す穴のところが金属で補強されてました。。。
ので、愛用スニーカーを洗うのをやめて、高校のとき体育で使っていたスニーカーを引っ張り出してきて、それをつけました。
買ってから一度も洗ったことがなかったので汚れ放題。
スパイク部分、というかラバーっぽい部分はごしごししたらそれなりにきれいになったけど、布の部分はあまりきれいになりませんでした。


その後、パスタゆでて、キムチのパスタソースかけて食べて、それから勉強。


今日も今日とてこの本を2章分。
今日で8章まで読み終えて、残り2章。
明日には読破したいです。てゆーかしなきゃ。
今日はフェミニズムやジェンダーや都市化の話。

フェミニズムとジェンダーの部分は読んでいてつらかった。
フェミニズムの考え方でいくと「男性中心主義」の学問を批判しなければならない。それは社会学もまた然り。
「男性中心主義」の思想で築かれてきた社会学そのものの存在を根底から揺るがしかねない批判。
確かにこれまでの社会学が研究する「社会的行為者としての人間」は「男性」に限定されてきたのは間違いないんだろうけど、だからといってこれまでの研究成果を無にはできない。できないけど、フェミニズム観点から見ると批判対象。
なんかぐるぐるするし。
フェミニズムから見ると社会学のこれまでの方法にはAという問題があり、Aという問題がまたフェミニズムにとってBという問題をもたらす、みたいな書き方がされていて、ぐるぐるぐるぐる。

中学までのあたしなら、ジェンダー学とか女性学とか積極的に学んだのだろうけど、今は、ちょっともう無理だなぁ。

「女性の社会的地位が低い」それは間違いないし、女性も男性と同じ社会的平等が与えられるべきだというのは理想ではあるのだけれど。
でも、実のところ世の中って働きたい女性ばかりじゃないんだよね。敢えて専業主婦になることを望む女性もいる。
それは女性の自己決定権に幅を持たせるためには、否定してはいけない価値観ではあると思うのだけれど、そういう価値観が女性の社会進出を妨げているという批判もあり。だいたい、そういう価値観を持つこと自体、社会での女性の地位が低いことが当然である風潮によって育てられたからだという批判もあり。
それは、確かにそうかもしれないけれど、自己決定の多様性を認めるなら専業主婦になりたい女性もまた認めなきゃならないんじゃないだろうか。
そして、結局どう足掻いても子どもを産むのは女性であって。
育児に、男性も参加しなければならない、という風潮は随分広まってきたけれど、「出産」と「母乳による授乳」は女性にしかできない。
そうなると、出産と育児のために、働く女性だってどうしても休暇をとらなきゃいけないわけだし。しかし、それは企業にとっては不利なことだし。
例えば、結婚して、それで夫か妻のどちらかが遠方での勤務を命じられたら。
家族はひとところで生活を共にすることが不可能になって、それを回避するためにはどちらかが仕事を辞めなければならない。
そのとき、先々の経済的損失の少なさを考えれば、女性が仕事を辞めるパターンの方が多いだろう。
男女同権を叫ぶなら、家族が同じ場所で暮らすことを諦めなければならない。
日本の企業社会はそういうふうにできていると思う。
そういうふうにできているからこそ、女性の社会進出が果たされにくいんかないだろうか。
……みたいなことを就活しているときにぼそっと親に言ったら「甘すぎ。男性と同じに認められていなら、そんなことくらい受け入れなきゃいけない」みたいに言われた。
……でも、好きなひとと、それも結婚したひとと、そして子どもと同じところで暮らしたいって思ってしまうじゃん!
……だから佐々木(大魔人)も日本に帰ってきたのか。がっくり。

ふと、思い出したのだが。
ここ6年くらいのあたししか知らないひとには信じられないかもしれないが、かの昔、あたしはスカートが嫌いな女の子であった。
お洋服で好きな色はブルー系統。ブルーのシャツやブルーのジャケットばかり持っていた。ピンクや赤だの自分で選んだりはしなかった。
更にさかのぼって、記憶が一番古い時代。幼稚園児の頃。
幼馴染のAちゃんと話していたとき「好きな色は何か?」という話題になって、あたしは自分の答えを覚えていないのだけれど、おそらく赤かピンクだと言ったと思う。
で、Aちゃんは「緑が好き」って言った。あたしは、「えー。女の子なのに緑が好きなんておかしいよー」と言った。これははっきり覚えている。
そうするとAちゃんに「おかしくないよ。緑はきれいな色だもん」と言われた覚えがある。
今から考えると幼稚園児のあたしには「女らしさイデオロギー」がしっかり教育されていた。
思春期に入り、女性性に疑いや(社会的な)絶望を持ち、「らしさ」に反発するが如くスカートを避け、赤やピンクと言った色を避け、同級生の男の子が持っていたブルーのジャケットに憧れたりした。
高校生になって、自分が女であることに観念し、認め、受け入れられるようになってから、あたしは自分でスカートを選び、ガーリーなお洋服に目覚め、ピンクを好むようになった。許すようになった、という表現の方がしっくり来る。
「らしさ」→アンチ「らしさ」→「らしさ」の道を歩んでいるらしい。
今でこそあたしの周囲はピンクで溢れている。それはあたしがジェンダーに影響されているわけでなく、あたし自身の好みだと思っているけれど、でも、あたしが男としてこの現代日本に生まれてきたらピンクを好んでいたかどうかは疑わしいな。

都市化の部分を読んでると今日もまた「コミュニティ」が登場。
昨日、一昨日と疑問に感じていた「コミュニティ」のマッキーヴァーによる定義。
やはり都市化という現代現象の中で「コミュニティ」の概念は変容しているらしいことを確信した。よかった。すっきり。
どうでもいいけど「東京分割図」によるとあたしの居住地は何になるんだろう?北の方の隣は「第三山の手」で、西の方の隣は「多摩新下町」で、南西の方角は「第四山の手」……山の手に入り損ねているけれど、下町でもないらしい。


昨日から読み始めた本も予定通り、2つの項+コラム1つ読むことができた。
それにしても毎日毎日どこかでレ ヴ ィ = ス ト ロ ー スの名前が出てくる。
このひとは人類学者のはずだけれど、社会学にとって非常に大きな存在らしい。
うぅ。


そして、更に今日からもう1冊増やしてみた。
この本。
本文約650ページ+補足約50ページの合計706ページ。
いわゆる本の角で人が殺せる厚さです。
税抜き3600円。
あたしの所有する本の中で1番分厚く(辞書よりも分厚いんですけど)、1番高価なキングオブブック。
これも今読むべき本じゃないよなぁ。
もっと時間をかけてじっくり読むべき本だと思うけど。
とりあえず1日1章ずつ。
全21章なので、受験までには読破できない計算だけど、これは受験勉強のうちには入れまい。

読む本の種類を無尽蔵に増やしていくよりか、1冊の本を集中して読み進んで、読み終えてから新しい本に手を出した方がいいのかもしれないけど。
同じ本をずっと読んでいると集中力が続かなくなるのよね。

それにしても、706ページで3600円て実はかなり安いんだろうな。
昨日買った本は、200ページそこそこで3400円もしたし。鬱。


これらとは全く別に先生の本を少しだけ読んだ。
感動した。というか衝撃を受けた。
先生に初めて会った1年半前に受けた、鮮やかな衝撃を再び感じた。
先生が、自身の研究について語ったあの日のあの時間の、あの感覚。
あたしの求めるものが、ここにある、という感覚。
やっぱり先生しかいない、と改めて思った。
先生の許でもっともっと学びたい。
だから、後二週間。頑張らなきゃ。


今日もほぼ予定通りに勉強できました。
予定外だったのは英語の勉強ができなかったこと。
単語くらい覚えようかと思って単語カードをめくったけれど、さっぱり覚えられなかった。
何でだろ。覚える単語が名詞から動詞になった所為かな。名詞は何故か覚えやすいイメージ。

あと、真夜中におにいちゃんにデザァトに誘われ、のこのこついていってしまったこと。
今日は2食食べたくせに、家から一歩も出てないくせに、やたらお腹が空いて、「ちゃんと脳を動かしてるからかしらん♪」とか思っていたけれど。
無性に甘いものが食べたかったのでのこのこ(以下略)。

なんかさも勉強しているかのようだけれど、まだまだ努力が足りないと思う。
時間だけはかけるようになったけれど、読んだ本の内容を全部なんてとても理解できていないし。
おぼろげに理解したつもりになっていても、文章で説明しろと言われたら結構無理。試験ではそれが求められるのに。
それ以前に本気になるのが遅すぎ。
追い詰められた窮鼠猫を噛む力で乗り切るしかないけれど、もうここまで来たら。



そういえば今日はすごく背中が痛くて、集中力も遮られるほど、痛かったのだけど、夕食食べたらだいぶ緩和しました。何故?
これから寒くなっていくし、もっと痛くなるんだろうなぁ。憂鬱。
うちのベッドのマットレスがよくないことはわかりきっているので、お金ないけど、低反発のマットカバーを買いたくて買いたくて仕方ない。
あまりひどかったら、整体か低反発か考えよう。うん。それくらいはしてもいいよね。


現在時刻午前7時15分。
どうか今日こそ正午には起きれますように。


2004年10月06日(水) ゆらゆら。

……どころじゃなかったんですけど。
地震。
ぐらぐら、みしみしいってたよ。怖かったよ。長いし大きいし。
震度3?そんな馬鹿な。4くらいは感じたよ。だいたいかなり近い埼玉が5弱なのに、何故3?
(でも、あたしは震度1でも感じ取ってしまうこともあるので、今日は敏感だっただけか?)
揺れてる!と思ったときいつも、机の下にもぐるべきかどうか迷うのだけれど、うちの机はいわゆる炬燵机しかないので、背が低い上に、机の下がごちゃごちゃしていて(整理できていないプリントだの本だのその他もろもろを押し込んでしまっているから)、そう簡単にはもぐれないのでありました。

それにしてもやっぱ東京は、生国に比べると地震多いね。


今日はゼミだったので、めずらしく午前中に起きて、学校に行きました。

学校に行くたびに大荷物のあたし。
せっかく、行動したのだから、そのまま大学図書館なり予備校なりで勉強していこうと思って英語の辞書とか持っていくからな。
それに、書籍部でやたら本を買うしな。
今日も注文していた5冊を引き取りました。うぅぅ。一気に1万3000円とお別れ。
しかも、読んでない卒論用参考文献ばかり溜まっていく。。。


ゼミの時間に思ったこと。
昨日の「コミュニティ」と「アソシエーション」の話。
今日のゼミ発表は「ロリコン」について。
すごいよね、「ロリコン」を題材に卒論を書くことを許してくれるうちの先生。
で、発表者曰く、「二次元におけるロリコンもの(漫画とかアニメとかゲームとか)を消費する集団は、組織のように行動を始めるので……」というくだり。
これに対して「女性のやおい文化に属する人間はそんな集団形成はしないよね」という議論が出て。
未知の世界なわけだけど、いわゆるロリヲタな人々は、ネット上で交流し、徐々に集団に別れ、その集団を組織化していくらしい(名前までつけて!)。
一方、やおいヲタな人々は、そこまで積極的に集団を「形成」はしないらしい。
前者の集団は、オフラインでの交流も大きい、という。飲み会とかカラオケとか。
後者の集団(例えば同じ嗜好を求めて集まったwebリング)での、積極的交流(オンライン上でも「純粋な関係性」は求めていないし、オフラインでの私的な集まりになる飲み会だのカラオケだの)を求めていない。
そのとき思ったのが、前者が「コミュニティ」で後者が「アソシエーション」かな?ということ。
「アソシエーション」の定義は「共同の関心の追求のために明確に設立された社会生活の組織体」である。後者よりも前者の方が組織体系として整っているけれども、「共同の関心の追及のため」といった合理性や利便性を求めた集団であるのは後者の方だろう。(だって同じ嗜好を求めて、リングや同盟を能動的に形成するのだから)
「コミュニティ」の定義は「共同生活が営まれていて、それより広い何がしかの領域から区別される領域を成り立たせるいくつかの特徴を持った集団」である。前者の集団はロリ(共同の関心)を軸に共同生活(オンライン上での社交やオフラインでの交流)を営んでいる。しかも、世間一般からは逸脱行動だとみなされて(つまり区別されて)。
こう考えることができるんじゃないかと思いました。
一見、同じように見えるロリヲタ(男性)とやおいヲタ(女性)の行動様式の違い、集団形成の微妙な違いはジェンダー差が絡んでくるんでしょうかね。


今日も昨日と同じ本を、昨日と同じように2章分読みました。

社会変動を論じる部分での具体的事例で戦後日本の社会変動が挙げられていたけど、ここでも昨日感じた苦笑感を感じたり。
いや、執筆者に全く非はないわけだけれど。
戦後45年(……そう出版当時はまだ45年そこそこ)を4つのステージで分けると、第4段階が1989年以降、となるわけ。でもって、当然のことながらバブル経済や爆発的な大量情報化社会のことは触れられていない。だけど、この第4段階を「社会システムの変革期もしくは再秩序化の時期」と説明している。これはまさしく。
ちなみに第1段階である戦後直後の時代を「社会システムのカオス期」としているので、現代はもしかしたら第4段階を終えて、第5段階の「社会システムの再カオス期(つまり再秩序化と同意義ではあるけれども)」になっているのではないかと、あたしは最近よく考えるわけだけれど、考えすぎかしらね。

象徴という概念を論じる部分ではその具体的事例として「象徴としての天皇」が挙げられており、なかなか色々な意味でおもしろく感じた。
著者、絶対左翼だ(笑)。
「象徴」としての天皇が、どう語られるか。そして語られないものは何か。そのことが社会にどう作用するか、といったところはあたしの研究の根底とも重なってくる部分を感じ、興味深く思った。

ところで、朝シャン(この言葉がなんか恥ずかしい)って女子高生の常識なんですか?
この本ではさも一般的な女子高生がとる行動のように具体的事例で用いられていたけど。
やっぱバブル以前のかほりがするわ。
高校生の時分に朝シャン(恥)とか考えたこともなかったわ。
今でこそ朝シャン、否、朝風呂派になってしまいましたけど(それは女としてどうだろう)。


今日から読む本を1冊増やしてみることにした。
この本。
買ってみて驚いた出版元。
新書館。
え?新書館?
新書館!?
……新書館とのお付き合いももうそろそろ10年になるけど、あたし未だに新書館がどんな出版社なのかわからないよ!
33の問いを、1日2つずつ読んで受験前に読破予定で読み進めようと思います。
それにしてもね。O澤M幸さん。もう少し優しい日本語で書いて欲しかった(涙)。
無知なあたしがいけないんだけどさ。いつか読み返したら今より楽に理解できるのかしら。言葉の羅列が何を表現したいか理解できなくて本がマーカーだらけ(重要なところが見抜けていない)。
勉学や研究のために読む本は、マーカーを使いながら読んで、それでも理解できなければ声に出して読む。
……でも、声に出しても理解し難かった。
最後に書いてフィードバックさせると一番いいんだろうけど(だから、昨日からこんな読むにはつまらない日記書いてるんだけど)、この本は書けない。……書けないってことは理解していないんだろうな。

この本を読んでいるときに地震があって、その地震のぷちぱにっくを抑えて、再び読み進めようとしたのだけれど、しばらくはほんとに何も頭に入ってこないほど、動揺していた。
言葉を音としても認識できないくらい。


それでも、今日は予定通り勉強できて良い一日でした。
これから受験までは、勉強して、その日の締めくくりに勉強したことを日記に書いてフィードバックさせていきたいと思う。
つまり日記のない日は勉強していない可能性が高(以下略)。
でも、予定通りといえば予定通りなのだけれど、すでに午前5時。
日記を書くのに1時間もかかっているし。。。


明日(てゆーか今日!めちゃんこ今日!)もせめて午前中には起きれますように。


2004年10月05日(火) ナイトメア、ではないけど、悪夢。

よく覚えてないけど、たぶん真昼間に見たのだろうから「ナイトメア」というのはおかしい、ような気がする。

悪夢。


悪夢。
というよりも、過去を夢の中で見ただけ。

父と母に罵倒されました。

「おまえのやってること、やろうとしていることは社会的に何の価値もない」

えぇ、その通りですよ。所詮、あたしの趣味ですよ。
所詮、院って言ってもうち程度の院ですよ。しかも、落ちそうですよ、あたし。
「社会的価値」って何よ?
あたしのやろうとしていることは、あたしに才能と根性と運があれば、現代の社会学のミクロな分野での先行業績になり得る、と何度も言っているのに。
そりゃ、そこまで成し得るかなんて先行きさっぱり不透明ですけど。

あたし、もっと勉強(というか勉学、というか学問、というか研究)したいと思っている。それが間違っているの?
お金にならないから?

お金は生きていくうえで必要だけど、お金を得ることのみを考えて生きてきたわけじゃない。

父は、大学に進学する時点で夢を諦めた、という。お金にならないから。
その父の堅実な道程があたしを生かしてきた、のだけど。
今よりもっと幼かった頃は、それを単純に「つまらない」と思っていた。
1年位前、初めての教育実習や自立支援施設での実習を終え、就職活動が目前に迫ってきたときは、父の選択をとてもありがたく思った。
大人になるために、大きな存在に生かされるのではなく、自分で生きていくために、自分が誰かを生かしていくために、その選択はとても大きなものだと感じた。
そして、自分も、その選択をしなければ、と思った。
だけど、今、またその分岐点からあたしは逃げている。
「つまらない」とはもう言わない。とてもじゃないけど言えない。
でも、お金のためじゃなく、自分の人生の、人間として生まれてきた特権である知識の充実のために、院に行きたいと思う、それはそんなにも無駄なことか。

社会がなんぼのもんだ、と思ってしまうのは社会学にいる人間のよくない(と世間一般から認識される)思想らしい。
そりゃ、そうだ。
社会なんて変わるものだから。
社会が普遍でなく流動的であることを熟知している人間が、いわゆる「社会的」とつく価値観だの儀礼だのに固執するわけがない(と言い切ったらやりすぎか)。


今日はこの本を読んでいて、そんなことを思った。
今更、こんな本を読んでいる場合か、という感じ。
1年前に読んどけ、って感じ。
今日は主に3章と4章を読んだ。全10章。1日2章ずつ読んで今週中には読破しなければ。

読んでいて、少ししまったと思ったのは、この本の出版年。
1991年。今から10年以上も前だ。バブルもはじけていない(よね?)。
社会は変容する。変容する社会にどう立ち向かうか、というのが社会学だ。
古くは西洋の市民革命から産業革命の流れ。
そして最も新しいのは、脱産業化つまり情報化社会の到来。
……この本は、バブルもはじけていないユビキタスなんて概念の登場の前の前。

4章は具体的事例を企業にとった論説で、日本人の企業集団への帰属の強さを、終身雇用制と年功序列制と企業別組合という観点で表しているけど。それは間違っていないけど、「あちゃー」って感じ。
じゃ、バブルはじけて終身雇用も年功序列も崩れさった今の日本人の企業帰属意識はどう変化してるんだろう?
あぁ、これがいわゆる3章で言う「アノミー」状態?

と、ちょっぴり古くささが否めない感。

「コミュニティ」という概念について。
概念の定義を知らずによくあたしはゼミとかで「コミュニティ」という言葉を使ってきた。
マ ッ キ ー ヴ ァ ー の提示した概念から導くところ、「『コミュニティ』の共同生活の成立のためには、地域的な近隣性が重要な条件となる」らしい。
「地域的な近隣性」?
……現代社会においてはかならずしも重要でないような。
例えば、インターネットコミュニティ。
あるコミュニティに属して共同(ネット)生活を送るために「地域的な近隣性」とやらは重要なのか?
もちろんその生活の中には、オフラインの距離感というのは(ほとんどの場合)重要ではない。
コミュニティに属する人間のオンラインでの距離感はどうだろう?
オンラインの距離感を「地域的近隣性」と言うのは違和感を感じる。
なら、なんと言うべきなのか説明できないのだけれど。無能なあたし。
前時代の「コミュニティ」に属し、共同生活を送るためには、自分の帰属する「コミュニティ」と帰属する他者の理解が前提だった(とあたしは解釈した)けれど、インターネットコミュニティはそれを必要としない。
ならば、それは「コミュニティ」でなく、マッキーヴァーの概念で考えれば「アソシエーション」(共同の関心の追求のために明確に設立された社会生活の組織体)となる。
でも、今度は「明確に成立された」というところに疑問が生じてくる。
やはりインターネットコミュニティは「アソシエーション」ではなく、「コミュニティ」だろう。
社会の変化で「コミュニティ」という概念も変化してきた、と考えてよいのだろうか。うぅむ。
今や「ネット」という言葉は「インターネット」を指すと大多数のひとが考える時代で、10年前の「コミュニティ」論や「ネットワーキング」論(組織よりもっとゆるやかで自由のきく人間関係の創出)を読むと、10年の格差を埋め合わせる何かが足りなくて、何だか焦る。

社会学の10年はとても大きい。
古い本を読むと、その本の時代と現代を埋め合わせるために二度手間がかかってしまうなぁ。
しかし、勉学のための本は古い本というか、長く生き残っている本の方が(支持ゆえの存続であるから)信頼性が高い、とも言うし。


あー。明日はゼミだなぁ。
日記を3つも持っているくせに、ブログでもやってみたほうがいいのだろうか、とか考えたり。
勉学専用の。
とかゼミ関連のひとたちのブログを読むと思う。
そんなのに触発されて今日はらしくもないことを書いてみたり。しかもきれいに序本結が整ってないし。痛い。
でも、書くと大量に詰め込んだ書籍の中の情報がきちんとフィードバックされているような気がして、少し賢くなった気分(あくまで気分だけ)。


昨日、久々におにいちゃんに料理を作らせて、その残りを今日ひとりで食べてました。
なんか女の子に美味しいシチューの作り方教えてもらったんだって。
めちゃんこ美味しかったよ。
あたしが「にんにくきいた料理が食べたい」って言ったら、にんにく聞きまくったホワイトシチューができあがってたよ。
でも、美味しい。にんにく大好き。くせになりそう。
ひとりごはんしていて思ったのだけど、ひとりごはんしているときって絶対普通にごはんが食べられない。
普通の量なのに、かなり休み休み食べないとしんどくなる。
何でだろ。外で食べるときはあんまりそう思わないのに。
食べる、という行為が苦手、なのかな。
行きつけのバーで、お酒を片手にちまちまつまみを食べているときが食事関係の中で一番幸せ。

>makonちゃん
こないだ行ったお店にズブロッカのボトル入れちゃったので、今度一緒に行きましょうね(笑)。


相変わらず酒乱なあたし。


2004年10月04日(月) どーぶつっぽい。

幼馴染のAくんの夢を見た。


時々、彼の夢を見るのは何故だろう。
思春期以降はさっぱりきっぱり疎遠なのに。
もう何年も会ってないのに。


しかもえっちぃ夢を見た。
Aくんを、そういう意味で好きになったことはないのに。
Aくん、ごめん。


どーでもいいけど、「セックス」を「えっち」とか言うのは虫唾が走るほど嫌いなくせに、「セクシャル」を「えっちぃ」と表現するには何の躊躇いもなかった。



なんかいろいろぱにっく。
サイト閉鎖、が、結構キテル感じ。
いや閉鎖そのものに痛手は感じない。
所詮、あたしも「他者の内在化」を成し得ない世代か。
これは、自己承認欲求か。
顔も名前も知らないけれど、ブックマークして時々見ていてくれるひとがいた。
あたしはそのひとの影しか知らないので、「縁」ができていたとはとても言い難いけど、この閉鎖でそのひとたちと切れてしまったも同然だ。

昔、突然閉鎖していなくなってしまった電脳世界の知り合いたち。

彼女たちも、こんな風に少しだけでもあたしを思ってくれたかな。

置いていかれて淋しく思ったのはあたしだけだったかな。

ちょっと勇気を出して個人的なコンタクトを試みればその後も繋がっていくことは可能だったかもしれないのに、何故かわからない自己嫌悪や罪悪感が、それをさせなかった。

他者、に依存しすぎだ。
自分の価値を他者に認められてもらいたいと思っているから?
それは、よくわからない。
内在化し得ない他者を求めているのか。
電脳の海に漂うログのひとつひとつがあたしを形成していたのだろうか。


はぁ。よくわかんないや。
まきちゃんは、たぶん、そこまでしてあたしを探さないだろうから、これは杞憂なんだろうけど。
でも、もしまきちゃんに見られたらあたし東京にいられないよ!


2004年10月03日(日) サイト閉鎖。

あー。

いろいろサイトいじくってがんばろうかと思ってたところに、大学関係のリアル知人にばれそうな予感がひしひしするので、HPの方は閉鎖しました。

ついでに休止しようかな。春まで。

もともと日記しか動いていなかったので、また当分日記のみで生きていこうか、と。

新しいサイトを作った際にはここで告知します。


少しだけ、気になるのは。
こんなあたしのHPでも見知らぬひとがブックマークしてくれて、時々見ていてくれたこと。
その貴重なひとを失ってしまうのは、少しだけ切ない。


もう、あわあわしてて何かいてるんだか。


あたしがいけないんだけどね!<ばれそうになった経緯。


てゆーか、もしまきちゃん、見ちゃったら、あたし、あなたを巻き込むからね(脅迫)!人間曼荼羅に。
きーらーいーになーらーなーいーでー。


2004年10月02日(土) ばらいろ すみれいろ

最初は私信。

>サトルくん
気付いているかいないか知らないけれど、君の好きな食べ物日記を結構更新したので(ちょっと前に)、よだれ垂らして見るように(笑)!

>朱瑠さん
いや、うちは身内のカキコを除けば、数ヶ月に1度カキコがあるかないかいやない、という感じの掲示板なので。
でも、いろいろ思うところあって、暫定的に分けてみようかな、と。
この時期じゃなければ、東京おいでよ、と言いたいけど。
一週間までなら(笑)泊めてあげる、って言いたいけど。
何だかこの先当分、春まで余裕がなさそうなので、「泊めてあげる」とか大きなことは言えない。ごめん。あたしも結構追い詰められられな感じだし。
うーん。でも、来る?
「ばらいろ すみれいろ」買ったよ。
小Wも立ち読みだけど、読んで、泣きそになったよ。うぅぅ。

私信終了。


そんなわけで。
ひとが死ぬ、ということが未だになんなのかよくわかりませぬ。
「死」が「死」だとわかったのは、10を少し越えた頃かな。
でも、その「死」がなんなのかは未だわからない。
これからもっと年をとって、もっと「死」を経験することになれば、わかるのかな。
だったら、あまりわかりたいとも思わないけれど。

大叔母が、数日前に亡くなりました。
あたしや弟は、お通夜や葬儀に出る必要もないらしく、あたしに知らされたのは大叔母が亡くなった翌日。
葬儀が終わった日の夜に、母に電話して、「あの、正直、実感が湧かないのだけれど」と言ったら、「うん、しょうがないよ」と言われました。
そんなもんかな。そんなもんでいいのかな。
そう、実感が、全くない、のです。
確かに数年に1度しかあってないひとだったけど。
最後に会ったのはもう6年くらい前だけど。
でも、たぶん、子どもも孫もいないあのひとは、あたしのことを孫のように可愛がってくれたり、よくしてくれた、はずなのに。
涙は少しも出ない。
悲しくもない。
淋しくもない。
わからない。
あたしの、生活は全く変わらない。
父なら、少しは違う感情を持てたのだろうか。
悲しいとか。淋しいとか。
父にとっての叔母の死。
あたしが叔父や叔母の死にいつか遭遇すると思えば、それならば、その状況に相応しいだろう感情は働く。
親戚と言っても縁の強いひとではなかったから、こんなもんなのか。
そう思ったら泣けてきた。
自分のためにしか泣けない。
あたしは、ひとりだ。


ありふれた日常が。
こんなにもやわらかく優しい光を帯びているということ。
ありふれた日常こそが。
ありがたく、愛しい日々の積み重ねだということ。
この日常が、当たり前ではないということ。
小さな喜びとハプニングと不思議で満ち溢れているということ。
幸せだ、ということ。

あとり硅子さんの描く二次元は、そんな世界だった。
まさしく「ばらいろ すみれいろ」の美しい世界。日常。
最後までやわらかで美しくきらきらひかるような描線は、あとりさんが病魔と闘っていたことなど微塵も感じさせない。
あとりさんが愛したであろう日常、そしてこれからも望んでいたであろう日常の、光を確かに書き留めている。
不確かで、愛しい、日々の断片。


ひとが死ぬ、ということがわからない。
でも、あたしは誰かの「死」に対してとても利己的である、ということは、わかった。
ほんとうに何も感じない、血の繋がったひとの死。
悲しい、淋しい、と思える、顔も声も知らない誰かの死。


大叔母の死も、あとりさんの死も、悲しむ権利など、あたしにはないのかもしれない。
そして、大叔母の死は悲しみも何も感じることができなかった。
あとりさんの死を、悲しみや淋しさで受け止めてしまうのは、何故だろう。
好き、だった、けれど、けして熱心な読者ではなかったのに。


薄情、なのかな。
欠陥人間、なのかな。
この日常こそを、直視できていない。
あとりさんの描いたような日常が、あたしのまわりにも存在すること。
その日常のどこか遠くで大叔母がいなくなった。
この日常を具現化して愛していたあとりさんもいなくなった。


三笠のおばさん。
ごめんなさい。
可愛がってくれたのに、ごめんなさい。
何も思わないわけじゃない。やっぱり悲しい。でも、実感がないの。


あとり硅子さん。
ごめんなさい。
あなたの死、それのみを大仰に悲しんだりしてごめんなさい。
あなたが日常の中で、日常を紡ぎだしている、そのときはそれを大切に思っていなかったのに。


「冥福を祈る」という言葉は、この複雑な気持ちが死者に伝わるような気がしない。
一番、シンプルでストレートな言葉のはずなのに。


ただ、祈ります。
「日々を、ありがとう」


2004年10月01日(金) お金。お金。お金。

わー。もう10月だって。今年も残すところあと2ヶ月だって。信じられない。やばい。

試験まであと約20日。
卒論は7月の終わりから停滞。
もういっそここで、卒論についてはヘルプコールをした方がいいんだろうか。
(でも、見てるひとは結構限られてるし)

試験まで時間がないけど、モチベーションはもうずっと下がりっぱなし。
どこからだろ。
たぶん、東大の結果が出てから、かな。
東大落ちのひとたちとまともに戦える気なんてないよ。
そんな風には勉強してきてないもん。
言い訳かもしれないけど(言い訳だ)、時間が足りないよ。
あたしはただでさえ、2年次に基礎をやらなかったハンデがあるのに。それを埋められてないのに。


そんななのに、今日(9/30)は買い物に行ってきました。
○イの2000円オフチケットが9月末までだったので。
自分で、お洋服を買うのはかなり久しぶり。約半年。
今はずっと我慢してるから、ここで買ってしまっていいものか、と散々悩んだけど、どうしてもこの2000円クーポンを無碍にはできなかったの。
嗚呼、意志薄弱。

相棒が、300円均一のお洋服のお店を見つけて、今はそこでしか買ってない、とか言ってたけど(しかし、その店は冬物も300円なんだろうか)。
あたしは安いお洋服はいらない。
安いだけのお洋服はいらない。
妥協して安いものを買うくらいなら買わないほうがマシ。
「安いもの」と言ったら語弊があるけど、「自分の欲しいもの」しか欲しくないし、無節操に安いだけのお洋服は美学がなくてあまり好きじゃない。

蛇足だけど、相棒とか安いお洋服を買っているひとたちを悪く言ってるつもりはない。
価値観の違い。
如何に素敵なものを安く得るか、ということを考えて買い物をするひとは、とても賢いと思う。
ただ、あたしは高かろうと安かろうと自分の求める価値に相応しい、納得できる値段がついていたら惜しみはしない、だけ。
あたしだってお洋服以外のものはできるだけ安く手に入れたい。
お洋服だけは、あたしのアイデンティティだから、正当な対価を払いたい。

見苦しい言い方だけど、「高いものが好き」なんじゃなくて「好きになったものが高かった」だけ。そして、比較して「高い」けど、あたしの中では「相応」の価値があるから。

でも、もうずっとバイトもしていない身で、更にこれから親から大金を搾り取ろうとしている身。
せめて、自分で1円でも稼ぐまでは、お洋服だのアクセサリーだのの類のお買い物は自粛しようと思ってた。
過去形なのがなんとも。

自分の決意に反して、そして親がけして裕福でない家計の中から与えてくれるお金を使うことに、猛烈に罪悪感を感じた。
こんなに、お金を使うことに罪悪感を感じたのは初めて。
今まで、信じられないような金額も割と後先考えずにぽんぽんと使っていたけど。
諭吉さん1人とお別れするのに、こんな罪悪感は初めてだなぁ。

自分への誕生日プレゼント、とかかなり言い訳。
叔母が誕生日祝いにくれたお金を使ったんだけどね。

買ったのは、L'est Roseの渋めのピンクのフードつきパーカー。裾と袖とパーカーにレースがついていて、フードつきパーカーだけど、ラヴリーなのだ。
ふわふわしたスカートにもジーパンにも合わせやすそう、なのできっと大活躍の予感。

ほんとは、1枚で着られるワンピースが欲しかったのだけど、気に入ったのがなく。
エミキュが全くツボらなくてショック。
そして○イワンの移転は大失敗だったと思った。
あれ、お客、減るよ。絶対。あたしだって、○イの優待使えなくなったら、絶対行かない。絶対に。それくらい落ち着かない、不愉快な空間になっちゃったよ、ワン。あーあ。


我が家には、あたしが思ったよりもお金がなかった、ということにこの夏、気付き。
父の収入は高くもないけど、そんなに低いわけでもないはずだし、父も母もお金のかかる趣味は持っていないし、弟だってお金のかからない大学生になったし。
一番、お金かかってる(趣味にしろ、生活にしろ)自覚はあったけど、それでも国立大学だし、奨学金はもらってるし、趣味だってお金かけていると言っても限度を知っているつもりだったし。
それなのに、何でお金がないのか不思議だけど。
他人様の家と比較してもいけないけど。
でも、例えば同じ地方公務員の家庭で3人の子どもがいて、3人とも東京へ出して、しかも2人は私立で、バイトもしてなくて。
……なんていう話を聞くと、何だか理不尽な気がしてしまうのはどうしてだ。

やっぱ家か。我が家は家にお金がかかってるのか。
恐るべし、マイホーム。
マイホームってお金かけてる割にものすごい幻想だよなぁ。
あの家よりも、昔の、狭い借家に住んでた頃の方が、みんな仲良かった。
あたしたち子どもが幼かったというのも大きな理由だろうけど。
1階と2階に別れて、お互いが何をやってるかわからなくなって。
でも、思春期以上の子どもにはプライヴェートルーム(というかスペース)って必要だよなぁ。なかったらパンクしちゃってたかも。

中流階級の生活をしているから、してきたから、その程度にはお金があるのか、と思っていたけど。(しかし「その程度」が「どの程度」だかはよくわかってない。やっぱ他人様と比較してるんだろうなぁ)
ろうにんしてなくてもよびこうつかってなくてもげんえきごうかくしていてもこくりつだいがくにいっていても。
余分なお金はない、らしい。
だったら、もし、ろうにんしちゃったりよびこうつかっちゃったりしりつとかいってたりしたら。
一体どうなっていたんだろう、我が家の家計は。
えぇ、他人様のことは言ってはいけないけど。
ろうにんしていてりゅうねんしていてそれでいんにいくとかいってるしかもしりつ。
どこにそんな金があるんだ。よこせ。
最近とても嫌な気持ちになった話。
いろこいがげんいんでそつろんかけなくていちねんりゅうねんしてほんめいのいんにおちてそれでうちのいんをうけようとしていてもしうちにおちたらまたそつろんかけなくなってりゅうねんしちゃうかも。
とか言ってる先輩がいること。
モラトるのも大概にすれば?と言いたい。こんなあたしでも言いたい。


嫌だなぁ、悪口や愚痴だらけだ。

今までちゃんとまっすぐで大きなレールの上を、外れることなく歩んできました。
この道の先は「社会人」という道に続くのだろうけど、それよりも前に少し寄り道してもいいかな、と初めて思ったときに壁になったのが、お金。
やっぱお金は大切です。重要です。必要です。


無駄遣い、ほんと、やめよう。
節約生活をほんとに心掛けよう。
やっぱ、今日、お洋服買うべきじゃなかったかなぁ。
あたしの所為で、実家はあたしよりもっと苦しい生活をしている。
実感はないけど、忘れちゃいけない。
あたしは親のお金で生きてるし、そのお金は親が苦しい思いをして捻り出しているお金だ。



お金だけは、他人と比較して、どうなるものでもない、よなぁ。
あるがままの現実を受け入れ、それでやっていかなくちゃいけない。
でも、あるところにはあるんだろうね。
嗚呼、お金のことを書くととても浅ましい日記になる。
こんな浅ましい気持ちになるのも、自分が一銭も稼いでないからだろうな。
早くバイトしたいなぁ。


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