だいありー

2002年08月27日(火) クーデンホーフ・ミツコ

パパの転移が判る少し前、
従姉妹が2人目の男の子を出産したので
会いに行った。
その時に、「今日夜中にミツコやるのよ」
という会話をしていた。

ミツコって?

というぱんなに従姉妹が言った。

「あれ? ぱんなちゃん知らない?
クーデンホーフ・ミツコだよ。」





ええ。知りません。 だれそれ?





そして、先日。
従姉妹が子ども2人も連れて
入院する前のぱんなのパパに
会いに来てくれた。
その時にその夜中に放送した
クーデンホーフ・ミツコのビデオを
貸してくれた。
彼女は日本で初めて
ヨーロッパの貴族(伯爵家)に嫁いだ
正式な国際結婚第一号だ。
何故、「正式な」というと
日本では開国以後、「らしゃめん」と
いう立場の国際結婚はあった。
結婚と言っても要するに
現地妻であり、正式に結婚は出来なかった。
なぜなら、男の方は本国にれっきとした
妻(家庭)を持っている男だったから。
当然、そういう女性の間に生まれた子は
ぱんなの住むこの横浜でも
随分と酷い目にあっていたようだ。

だからこのミツコさんは日本では初めての
正式な国際結婚をした女性なのである。
彼女は旧姓、青山光子 といって、
商家の3女ではあったが、大層な地主で
東京の「青山通り」はこの青山光子の家が
あの辺り一帯を地主として持っていたので
苗字が通りの名前になったと言われている。

彼女のビデオをみて、とても興味が湧いた。
ぱんなが大好きなシシィの時代だからである。
しかも嫁いだ先はオーストリア!
シシィには会ったことは無いかもしれないが、
フランツ・ヨーゼフ�祇い砲浪颪辰討い襦�
もう、相当にヨボヨボだったらしいから
シシィが亡くなった後に会ったと思う。

シシィに関する書物、どれを読んでも
このクーデンホーフ・ミツコの名前は出て来ない。
当時はアジアの商家の娘など、
厳格な貴族階級のオーストリアの貴族からは
「鼻つまみ者」として見られていた。

クーデンホーフ・ミツコを知るには
当時の激動のヨーロッパを知る必要がある。
何故なら彼女はアドルフ・ヒトラーとも
時代がリンクしているからである。
直接関りが無くともその孫はヒトラーの没後
エライ関っているからである。

ミツコは若くして結婚。
夫との間に7人の子どもを設け、
夫は40代前半で突然、心臓発作で亡くなる。
夫の遺言書には全財産を継承すること、
子どもたちの後見人も全て母親であるミツコに
なっていたため、親戚が反発。
ミツコ自身に後見人をつけることなど、
諸々の裁判を親戚に起こされてしまう。
その当時はオーストリア・ハンガリー帝国と
ドイツが広大な土地を戦争によって
広げて来たから平和だったけれど、
ヒトラーによって更に広げられた土地、
そしてヒトラーが没後、内戦を起こして
独立したチェコスロバキア、クロアチアなど
民族による独立国家が出来、
ミツコは今でも自分の遺言が
何一つ叶っていない。
夫の隣に埋葬して貰うことも(夫のお墓は
近く掘り起こされてしまう予定)、
財産を最後まで独身を通し世話をしてくれた
3女、オルガに渡す事も叶わなかった。
クーデンホーフ家の財産であるお城も
今は独立した国家にチリジリにあるため、
娘が継承することが出来ないのだ。
かわいそうに、娘オルガは生涯独身で、
自分の城には兵士が住んでいる関係で
元、自分の使用人が使っていた宿舎の
一間を借りて住んでいた。
亡くなった時、誰も知らなかったと言う。
お葬式も近所の人が出し、お墓の管理も
墓守の女性がしている。
兄弟はアメリカに亡命したのもあり、
イギリスに永住したのもあり、
現在、ミツコの7番目の息子カルルが
存命中だがスイスにおり・・・。
誰もお葬式に来なかった。
甥が来たが、司祭が十字を切った後に
来て(日本で言えば火葬場で焼かれた後
のお清めに来たようなもの)そそくさと帰った。
それも何かのついでに来たと言う。
オルガの姪は、ドイツでテレビのレポーターを
しているという。
墓守の女性は大変怒っていた。
オルガは母を看取った後、ヒトラーの没後
独立した国家となったその土地を、
出て行かなければならなかった。
歩いて何万キロと歩いた。
だから同じドイツに姪がいるのである。

酷い家族だと思う。

ミツコは確かに子どもたちに
背を向けられたと思う。
でも、その母親を最後まで看取った
兄弟であるオルガに対して、
なんという仕打ちだろう。

そのくせ、インタビューで
ミツコの孫とひ孫は
「自分が日本人の血を引いていること、
ミツコの血を受け継いでいる事を誇りに思う」
と言う。

ふざけんな!

と思った。
っていうか、墓守の女性も
姪がテレビレポーターをしていると
そこまで知っているのなら(直々テレビには
この姪って人は出るらしい)、
抗議の手紙なり何なり出せばいいのに。
葬式代もオルガの住んでいたかつての自分の
使用人の家の大屋に出してもらったのだから
「葬儀代かえせ!」ぐらい言えばいいのに。

余りにも孤独に亡くなったオルガさんが
可哀想でたまらなかった。
親類に看取られて死ぬことがどれほど
幸福な事か。
誰ひとりとして看取ってくれないということが
どれほど不幸な事か。

ミツコが書いた遺言書の中に

「私の全財産を娘オルガに譲ります。
他の子どもたちには財産を受け継ぐ資格がありません。
私は他の子どもには怒りを感じています」

クーデンホーフ家の物理的な財産(お城以外)は
博物館、手紙や絵画(ミツコが書いたもの)などは
その独立した各国の古文図書館に保管されている。

香水で「ミツコ」というのが有名だけれど、
これはクーデンホーフ・ミツコから付いたと
言う人がいるけれど、違います。

この香水を作ったこの会社の社長が読んだ
日本を舞台にした小説に出てくる女性が
「ミツコ」と言い、この小説のミツコを
イメージして作ったというのが本当。
テレビでその香水の会社の社長が
言ってました。(笑)

クーデンホーフ・ミツコ展が昨年
日本であった。
知らなかった・・・行きたかったなぁと
今は思う。
ミツコについてちょっと色々調べてみようかなぁ
と思った。

ぱんなって、歴史が好きなんだけれど、
興味がないと勉強(調べない)しない。
歴史ならなんでもかんでも好きという訳じゃないので
結構、やっかいな子かも(笑)


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