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2002年06月09日(日)
「愛について」

「壁にふたつの影がうつっている
 子と母のふたつの影がうつっている
 ふたりは自転車をこいで
 いま うちへ帰るところ

 子に父はなく母親に夫はいない
 父も夫もいない夜道を
 ふたりはゴムマリのようにはずんでいく
 僕には愛がふたつのゴムマリになったように見える

 道端である日 星のように遠いはずの男とすれ違う
 愛のことを考えながら 子と母と男は道端ですれちがう
 星のように遠い場所から
 その夜 男は子と母に電話をかける
 
 愛のことを考えながら 子と母は生きていく
 愛のことを考えながら 男もまた生きていく
 遠く離れた場所にいて
 どちらも愛について 考えている 」


          友部正人 「愛について」から



この歌をはじめてステージで歌ったのは
桜美林大学というとこでのジョイントライブでのこと。
一曲目、挨拶もせず歌いはじめた。

オリジナルな感じではなく、矢野顕子のピアノアレンジのほうを
参考にしたため冒頭はほとんど
5,6弦だけをつかい一音ずつ短く切って歌った。

会場ははりつめた静けさ。
自分の声と、はじく弦の音しかしない。
あとは遠くで飛行機のジェット音がかすかに。
(大変暑い日で空調もなかったので、自分のステージだけ
 会場の窓を開けさせてもらったのだ。どうせたいした音ださないし)

ステージに上がる前は
許されれば帰っちゃう、ぐらい緊張しているものだが
マイクを前にすれば落ち着いている。
客も目を閉じて耳を傾けている。(寝てるのか・・・?)
うむうむ。なかなかいい雰囲気だ。
しかしそのとき。

私の座っている椅子がどうも後ろに傾いているのに気づいた。
しかもその傾きは少しずつ確実に大きくなっている。
「後ろの足がゆっくり折れていってる!」
私は確信する。
しかし歌い続ける。
歌をとめるわけにはいかない。この雰囲気では尚更だ!
けれど現実は残酷である。
椅子が傾き、ギターを抱えたままの私の体は少しずつ下へ落ちていく。
マイクが上のほうに遠ざかる。
助けてくれ!
しかし、この現実に直面しているのは
いまのところこの会場でわたしひとり。この孤独感。恐怖感。

横目でPA(音響)のひとをちらりと見る。
気づいてない。。目を閉じてる。。
こんな曲にするんじゃなかった。。
歌いながら、わたしの全超能力を結集してPAに念を送る!
気づかない。

もうスタンドマイクは
いくら背筋を伸ばして前傾姿勢でいても
鼻の上まであがってしまった。

「もうだめだ」
PAは私が観念するとほぼ同時に
私が妙な姿勢でいることに気づいてくれたが
時すでに遅い。
もう私はとうとう歌を止めてしまったのだ。。。

「すいません・・・歌の途中ではありますが
 椅子を壊してしまいました。。。」

ここで場内爆笑。
「おいしいぞー!」という声が飛び交う・・・。
歌詞だけから見ても想像できるように
この歌は静かに、そして淡々と歌う歌。

スタッフさんが即座に代わりの椅子を持ってきても
笑い拍手鳴り止まず・・・。
どうやって、この雰囲気から続きを歌えっていうんだ、と
直立して、窓から見える夏の空を仰いだのでありました。


(あとでわかったのだけれど椅子は壊れたのではなくて
 平台のつなぎ目のなかに沈んでいってたのだ)







友部正人・・・フォークシンガー。
1950年生まれ。72年アルバム「大阪へやってきた」がデビュー。
私にはこのひとを詳しく語れるほどの、文章も知識も持ち合わせて
いないのだけれど
「伝説のフォークシンガー」という呼び名で
おそらく差し支えないのでしょう。
「愛について」がはじめて聴いた曲。その2ヵ月後「たま」との
共作アルバムから「あいてるドアから失礼しますよ」をきいて
そのまま後ろに倒れるハメとあいなりました。
日本のボブディラン。かっくいーぞ。こんにゃろ。
その他個人選択的代表曲に
「びっこのポーの最後」「熱くならない魂をもつひとはかわいそうだ」など