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2009年01月12日(月)
手と口






男の子が良いものを見つけたので
わたしたちは集まり寄って
なんてまあ良いものか、と
こんな良いものがあったとは、と
口々に話しあったのです

男の子がその良いものをどうしたものかと
考えているのを見かねては
そりゃあ隠したほうがいいのでは、と
林の穴へ、蔵の中に、いや仏壇か、と
口々に話しあったのです

男の子は自分しか知らない隠し場所へと
山を登っていったので
わたしたちは集まり寄って、尾いていっては
どこに隠すつもりなのか、と
きっとおもいもよらぬところでは、と
口々に話しあったのです

男の子はけれどいつまで経っても
立ち止まることなく、時々振り返っては
疲れた目でわたしたちを見やるので
これはいったいどういうことか、と
なにか心配なことでもあるのか、と
口々に話しあったのです

男の子がすっかり暗くなった峠道で
足を踏み外し、片手一本残して
断崖に落ちそうになったとき
わたしたちはすぐさま集まり寄って
ああ、大変なことが起きた、起きたと
口々に話しあったのです

男の子が崖下へ落ちていって
良いものも一緒に落ちていっても
わたしたちは誰も、伸ばす手を持ってはいなかったので
だからはやく隠せばよかったのに、と
林の穴へ、蔵の中に、いや仏壇だ、と
口々に話しあったのです