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2012年11月20日(火) WBCとはなにか

ここ数日、日本人メジャーリーガー、イチロー、黒田、青木らによる、WBC(World Baseball Classic)不参加表明が相次いだ。不参加表明に対する日本のスポーツジャーナリズムの反応は、野球日本代表の戦力弱体化を懸念するものが主流をなしている。善良な日本のプロ野球ファンは、それでも、WBCで日本代表が優勝することを祈念している。日本のスポーツジャーナリズムも、善良な日本の野球ファンの心情に沿った反応を示しているかのようだ。だが、果たしてそれでいいのだろうか。

WBC(という国際イベント)については、発足時からいくつもの問題を抱えている国際大会でありながら、そのことを冷静に伝える日本のスポーツジャーナリズムは少なかった。当初、大会参加の通知を受けた日本側の反応としては、日本プロ野球選手会が運営・大会収益金の配分等に疑義を呈し、不参加表明をしていた。にもかかわらず、日本側が米国主催者側の恫喝に屈し、無理、無理、参加した経緯も報道されなかった。

過去2大会において日本が連続優勝をしたこともあって、WBCはサッカーのワールドカップに比肩する、純粋な野球世界一決定大会であるかのような幻想が独り歩きしてしまった。ところが、2012年、日本の選手会が再び不参加表明をし、成り行きに注目が集まり、結局、参加決定に至ったことは記憶に新しい。そして、予選リーグがいままさに始まろうとしている。そんなときに、前出のとおり、日本人メジャーリーガーの不参加表明である。

WBCの問題点を整理しておこう。まず、野球の場合、FIFAのような、グローバルに野球を制御する統一組織はない。国際野球連盟(IBAF)という組織があるが、まったく機能していない。WBCは、表向きは、メジャーリーグベースボール(MLB)機構とMLB選手会が主催するIBAF公認の野球の世界一決定戦であるが、MLB機構とMLB選手会の恣意的な国際大会だと考えていい。IBAFが公認を与えているが、形式的なお墨付きに過ぎない。

そもそも、野球は世界的なスポーツではない。普及地域は、南北アメリカと東アジアに偏っている。近年、欧州、オセアニアにも野球競技人口の増加が見られるというが、微増の範囲である。今日、MLBには、アメリカ国籍以外の外国籍選手が多数所属しているが、それでも、南米・中米・東アジア国籍に限られる。ラグビーも普及地域は限られているが、野球が欧州に普及していないことが致命的であり、国際性を欠く最大の要件である。

WBC開催の趣旨もMLB球団の利益を優先したものとなっている。まず、表向き、野球の普及促進を目的に掲げているが、そのことは、MLB球団にとって、有望選手を発掘すること、と読み替えなければならない。

収益配分も、MLB機構とMLB選手会が参加国の野球機構より優先される。その一方、MLBはシーズン前の開催という理由から、選手参加を見合わせている。

サッカーW杯に、メッシ(アルゼンチン)、ルーニー(イングランド)、C・ロナウド(ポルトガル)、アイマール(ブラジル)、イニエスタ(スペイン)・・・らの有力選手が、所属するリーグもしくはクラブの事情により出場しないとなったら、W杯は成立しないだろう。

では、WBCに期待する者、もしくは、WBCにより利益を得る者はだれなのか。まず、言うまでもなく、前出のMLB(機構・選手会)である。IBAFも普及促進という間接的な面における利益享受者かもしれない。

第三の利益享受者は、日本のスポーツマスコミ、TV局である。彼らはWBCの創設時において、WBCがサッカーW杯とは似ても似つかぬMLBの私有物であり、WBCに優先的利益が流れ込む構造を知りながら、批判を避けた。もちろん、そのおこぼれをナイーブ(うぶ)な日本の野球ファンから頂戴できるという計算のもと――にである。

彼らの手口は、手抜きの米国代表を批判せず、強敵キューバ、宿敵韓国を日本のライバルと見立て、WBCをサッカーW杯のようにみせかけ、興奮を煽った。その結果、WBCは日本の野球ファンから支持され、きわめて優良なスポーツコンテンツに化けた。

しかも、日本が2大会連続して優勝するという「快挙」を上げたことも相まって、いまや、WBCはサッカーW杯と肩を並べるまでのイベントに育った。WBCにジャパンマネーが躍ったのである。日本のTV局が主催者に対し、高い放映権料を支払ったとしても、スポンサーがつけば、それでいいのである。日本のナイーブなプロ野球ファンは、WBCをサッカーW杯に見立て、国際試合ということで興奮し、しかも、野球日本代表がサッカーに先駆け、優勝までしてしまったのであるから、大騒ぎである。

繰り返すが、WBCは、真に野球世界一を決定する大会ではない。MLBに収益が還流する、私的なMLBのためのスポーツイベントにすぎない。公益性のない、米国のプロスポーツ団体と選手会が企てる、世界的スポーツイベントにすぎない。にもかかわらず、そこに金儲けの臭いを嗅ぎつけたのが、日本のスポーツマスコミとTV局だったのである。

2012年、日本のプロ野球選手会がWBCの矛盾を表面化させ、不参加を表明したことは筋が通っていた。残念ながら、選手会は不参加を撤回した。それも、WBCの虚像で利益を享受するスポーツマスコミとTV局の圧力に屈したためだろう。あるいは、選手会が、ジャパンマネーによってもたらされるWBCの収益の一部を享受できる道筋をつかめたためかもしれない。

いずれにしても、何度も繰り返すが、WBCはサッカーのW杯とはまったく異なるイベントである。そこで優勝しても、世界一の実力が証明されるわけではない。

このたび、前出のとおり、日本人メジャーリーガーが不参加を表明したことは「朗報」である。彼らが、間接的にではあるが、WBCの幻影を証明してくれた。WBCを有難がる、ナイーブな日本の野球ファンも、彼らの不参加によって、その実態がわかり始めた。“俺たちが応援していた日本代表が勝った相手は、二線級だったのか”と、気が付き始めた。WBCブランドの金メッキが剥がれたのである。このことは、WBCによって、MLBのおこぼれを頂戴していた日本のスポーツマスコミ及びTV局には、痛手だろう。

虚構の「世界一決定大会」で金儲けをするのは、もういい加減にしよう。


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