lucky seventh
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2005年10月06日(木) マイ マスター

「もう、ええよ。」

彼女はぽつりと言って、微笑をひとつおとした。

「もう、ええから。
 おおきに ね。」











女の子なのにかさかさな手、唇。
病んでしまって細くなった腕と身体。
髪の毛なんてあんなに長く、美しかったのにばっさりと切られてしまった。
それでも彼女は、笑う。
自分は幸せだったよ言うように、もう終わってしまったかのように、
そうして彼女は、笑う。

助かったはずなのに、
助けられたはずなのに、

「かんにんしてな」

それは誰へに対しての謝罪だったのだろう?
そう言われた時、最初は分からなかった。
けれど、彼女は分かっていた。
彼女は最初からあきらめていたのだ。
希望さえも抱けない。
願うことも、祈ることもとうに彼女はやめてしまっていた。

そんな彼女に何ができただろう?
そんな彼女に何ができるだろう?








あの頃、大きな屋敷に使用人見習いとして弟たちと働いていた。
桜の季節だった。
その日は、屋敷の主人が急な用事で出かけけることになり
たまたま午後から空いていたので、すぐ近くの公園を花見がてら散歩しようと思い、出かけた。
使用人見習いであるものの、使用人としては名のある血族の自分たちを
欲しがる家はたくさんあった。
この家も例に漏れない。
雇われることはあっても、仕える主は1人だけ。
それが家のしきたりで、どこの家も自分が主になろうと、
何かとゴマをすってきたりしたので比較的自由な身だった。
この自由がいつまで続くのだろうかと、考えながら歩いた。
仕えるべき主を見つけられるまで自分は半人前のままだから、
自分はいつか一人前になって、誰かに仕えたい思うのだろうか…
考え事をしながら歩いていると、いつのまにか見知らぬ場所に足を踏み入れていた。
そこは広場のような場所で、こんなところに公園があったかと首を傾げた。
平日の午後というだけあって、そこは静まりかえっていた。
ただ風に舞う桜の花々が、まるで薄紅色の炎のようで、まるで煉獄のようだった。
その風景に見とれるように立ち尽くすと、かすかな音が聞こえた。
目を向けると、いっそう色鮮やかに色づいた木の下に彼女はいた。
パジャマにカーディガン
その出で立ちからすぐに、彼女がこの近くにある大きな病院の患者だと言う事が分かった。

「どなたさんでっしゃろ?」

目が合うと、彼女はふわりと笑った。
その時、なぜかその笑顔がこの舞い落ちる花弁と同じように見えた。


彼女は心無い人に手折られた、桜の枝。
散る前の刹那輝きをまとうた人だった。




「すいません。ここは私有地でしたか?」

慌てた。
いつのまにか人様敷地に足を踏み入れてしまったなんて。

「私はこの近くの家で使用人見習いをしているものです。」

あわてて謝罪をして、軽く礼をすると
彼女は少し驚いた顔して、それからニヤリと笑った。
その顔に、こっちが驚く番だった。

「おやまぁ、これはけったいなお客さんで…」

楽しそうに彼女は笑い、そっと近づき腕を取った。

「お時間があるんやったら、ちょい付きおうてくれまへん?」


それが、彼女との。
生涯唯一の主人との出会いだった。








「泣いてるん?」
彼女の声が聞こえた。
「なに、泣いてんよ。」
そっと目じりに触れた気配がした後、
苦笑したように、聞こえた。
夢の現の中にまで、彼女の声が聞こえる。
「心配たくさんかけてんよね。」
悲しそうな彼女の声に、
違う。
そう言いたかった。
自分たちが勝手に心配したいだけだから、
そんな悲しそうな声で言わないで。
「ありがとう」
そっと髪をすく感触、
「ほんに ありがとうね」
彼女が笑った気がした。
「ごくろうさん」
そっと暖かな毛布が掛けられて、暖かいその気配に意識がまた落ちていく。


何もできないけれど、
けれど、
その優しい手を離したくない。
いつまでも、
いつまでも、お傍に。



貴女が笑っていられるのなら、
それだけで、こんなにも幸せなのだから…


ナナナ

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