この間、ラピュタやってて「見ろ、人がゴミのようだ」ぐらいから見たんですが、「バルス」のシーンで長年の謎、というかひっかかりが解けた。
パズーがシータに滅びの呪文を教えて、ラピュタの滅亡をシータに持ちかけるわけですが、私はずっと「パズーは実際にラピュタがなくなっても関係ないだろうけどシータにとっては故郷だろうに…こいつその辺の躊躇はないのか」とか思ってて。でもパズーはパズーでかなりの決死で「バルス」を唱える。 駿は何をもってパズーに呪文を唱えさせたのか。
その日も「バルス」シーンでラピュタが崩壊することで自分たちが空に放り出される覚悟で、っていうには足りないなぁと思ってたんですが、はっと気付きました。
滅びの呪文を唱えることでパズーが失うもの。 思い描いてた夢だとか理想だとか憧れだとか、そういう綺麗なもの。それが綺麗だと信じていたこと。 多分、パズーはラピュタに行ってかなり失望したんだと思うんですよ。てゆか自分の夢の島で大人が争ってるのを見て失望したというか。汚されちゃった的な。こんなのもういらない。みたいな。それってすごく男の子っぽいなぁと思うわけで、納得したのです。 それと単純にラピュタよりシータの方が大事(というか欲しい)と思ったんだろうな、と。
一方シータはここでムスカと一緒に死んでラピュタを守ろうとしてる…この考え方の違い…。 シータは基本的にちょっと考えのたりない少女なんですが、まぁそれが正しい少女な気もする。それにしたってラピュタを滅ぼすという考えは浮かばなかったわけで。 でもパズーの一言で新しい道が拓けるわけですね。結果、王なのにシータはラピュタを捨てることになる…。
…どうなんだろう。石を持ってるかぎり、捨てたことにはなんないのかな。滅ぶっていっても底が抜けたぐらいで、本体が落ちたわけじゃないもんね。 その辺は希望なのかもしれないね。
そう考えたら、重たい話なんだなぁと感じました。 ただ冒険してるだけじゃなかったのね。 見つけて、やっとの思いで辿り着いて、そして最後は自ら手放して。
これは燃えるわ。
と、思った。 だからか、ラピュタに熱血っぽいイメージがあるのは。主人公が熱いからってだけじゃないのね。
そんな感じに納得した。
う〜ん。書いてみたものの、きっと明日になったら意味のわからん文章になってるなぁ。
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