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2004年06月30日(水) 北の国で

また北海道に行ってきた。またといっても「股」だけが勝手に行ってしまったわけではない。
こんにちわ。ゆみなです。

私は元々北海道生まれのフランス育ちなので、見た目はネパール人のようだ。
つまり北海道に「行った」のではなく「帰った」が正しい。
すでに東京に住んでるほうが長いが、気持ち的にはいつまでも道産子魂は捨ててはいない。
今の世の中、北海道産のものは人気が高い。夕張産のメロン、北海道産のウニ、大雪山の雪などは高額で取引されている。北海道人気が高いうちは、あやかろうという魂胆がみえみえだ。
そのうち、アルゼンチン人気が高まったら、いつでもアルゼンチン生まれになる準備は出来ている。


北海道にはミスチルのコンサートを見るのが目的だった。
誰がなんと言おうと、それが第一の目的である。
それなのに、なぜか友人だか変人だか分からない人たちとの飲み会が目的でわざわざマイルを使い果たして行ったかのように思われているのは不本意である。
彼女たちと会ったのはあくまで付随であり、ついでなのだ。
ところが、思い返してみると彼女たちと会った事のみが思い出されるのは悪夢としか思えない。
初日に会ったのは、みっちゃんとケニアともうひとりオオムラという友人たちだ。
彼女たちとは、帰郷するたびに何度となく会っているので、本音を言うとあんまり会いたくないのだが、なぜか連絡してしまう。
まるで、覚せい剤のような人たちだ。そして、実際に会うと、本当に覚せい剤に侵された人間たちの会話になる。
各々が勝手に喋り捲り、誰一人として人の話を聞いてはいない。
人が話してる間に、次に自分は何を話そうかを考えているのだ。考えてるわりには実のある内容ではなく、人を攻撃するか罵声を浴びせるかだけである。
そんな会話の中で一つだけ、実のある話があった。
みっちゃんのすい臓が悪いとある占い師に言われたと言ったことから、オオムラも
「私は膵炎で入院したことがある」と自慢げに話した。
私の友人たちは、どんな内容でも自慢したがるのだ。そして、膵炎になると一週間なにも食べさせてもらえないので痩せる、
だからケニアにも膵炎がお奨めだと言ってきた。
そのうち、我々は金がない、どうやったら金儲けが出来るかという話になり、一番手っ取り早いのは、もうすぐ膵炎で死ぬであろうみっちゃんに保険をかけることではないかという結論に治まり、みっちゃんも「それは名案だ」と乗ってきたので、私たち3人はそうすることにした。持つべきものは友達だ。


翌日は札幌で北の大御所モヘジさんと初めて会うみなみさんと飲んだ。
モヘは相変わらず小さく、並んで歩くとツムジまで見えた。
こんなに小さい人と歩くのは、犬以来だ。
みなみさんとは初めて会ったのだが、第一声が「きゃー」だった。
まるでオバケでも見たかのような「キャー」だったが、後にそれは「嬉しい」の「キャー」だったことを知りホッとした。
私と会った事をとても喜んでくれて、歩いている時もピョンピョン飛び跳ねたり、身体をクネクネさせていた。
私は自分で落ち着きのない女だと思っていたが、北国にもっと落ち着きのない女がいて安心した。
「今日のためにパーマをかけたの。どう?」と聞かれたが、私はパーマをかける前のみなみさんを知らないので、
それが天然パーマだろうがくせっ毛だろうが、見分けがつかない。なんと返事をしていいものか迷った。
3人で色々話しているうちに、モヘが「いままで一番恥ずかしかったことを言え」ととんでもない問題をふっかけてきた。
私はいままでありとあらゆる恥ずかしい体験をしているので、その中から抜粋するのは難しかったが、中学生くらいの時にボーリングに行った時、ボールを投げた瞬間にキュロットがずり落ちたことがあると話した。
その時、運良く足を広げていたので、キュロットは床まで落下することはなく膝の辺りで止まった。
そのまま足を広げたまま席まで戻ったという人生で一番恥ずかしい体験をなんでこんな場所で暴露しなければならなかったのかと今改めて思うと、どうも腑に落ちない。


それから、3人でカラオケに行った。
モヘは歌を歌わない人と勝手に思いこんでいたので、「カラオケに行こう」と言い出したのには正直驚いた。
みなみさんは「カラオケは初めてだ」と言うので、今の世の中にカラオケに行った事がない人がいるという事実にも驚いた。
しかし、実際に行ってみると二人ともノリノリで片時もマイクを離すことはなかった。
それからどういうわけか
「辛気臭い歌を歌おう」ということになり3人で、これ以上辛気臭い歌はないという歌ばかりを歌い続け、カラオケボックスは一気に辛気臭さに包まれた。包まれたわりにはあちこちに電話したりメールをしたのだが、モヘとみなみさんの所にはメールやら電話がじゃんじゃんかかってくる。
もしかして私の所にも来ているのではないかと自分の携帯を見てみたが、誰からもなかった。
そのうち来るのではないかとテーブルの上に待機させておいたが、まったく来なかった。
本当に私は辛気臭い気分になり、来ないのならこっちから電話してやれ。と思い、るるに電話した。
るるの声は明らかに「迷惑以外のなにものでもない」という声色だったが、そんなことは私の知ったことではない。
私にも友達がいるんだということをこの二人に見せつけないとならないのだ。

しかし、電話したのはいいが話すのが面倒になったので、すぐにモヘとみなみさんにバトンタッチした。
とりあえず友達がいるということだけ知らしめれば目的は達成されるのだ。
モヘが「ゆみなを引き取れ」と、るるに言い、るるが「遠慮する。そっちでなんとかしろ」と、大変微笑ましい会話をしていたようだった。


カラオケを出てからは、狭くて汚い焼き鳥やに行った。そこは狭くて汚いわりには美味しかった。
3人で取り留めのない話をしたのだが、どんな内容だったかは忘れた。ただ、みなみさんが話の内容にびっくりして
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたことだけは覚えている。
私とモヘはそんなに衝撃的なことを話したのだろうか。
モヘが耳の穴に箸をつっこみ、私が鼻の穴に箸を突っ込んで写真をとったこと以上だったのだろうか。みなみさんは、そんな私たちの行為には冷静に写真を撮っていたのだから。


次にどこへ行こうか迷ったが、二人とも札幌在住のわりには、これといった店を知らず、なんの役にもたたないので、しかたなく私のホテルに行く事にした。
途中、コンビニでビールやらままかりやら冷奴を調達していった。
ホテルに着くとすぐに、今晩私が寝るであろうベッドに二人とも「おじゃまします」も「すみません」もなく、勝手に寝転び、布団の上に冷奴とままかりを広げた。
全員、おなかは満たされているのに、なぜこんな物を買ってしまったのか解せない。
結局、冷奴もままかりも残り、二人が帰ったあとに私はホテルで一人、残飯整理をする羽目になった。
モヘが帰る直前に、すでにゴミと化している冷奴を見つけて
「あ、冷奴。」と思い出したように言ってから、箸を手に持ち、ムシャムシャ食べていた。
そんなに食べたいのなら持って帰れと思ったのは言うまでもない。


とにかく、楽しく充実した北海道旅行であった。
また帰郷することがあったら、おそらく電話するであろう。






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