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無題。 | 2005年11月30日(水) |
はあ、と彼女は溜息をついた。 真白い息は強風に流されてすぐに霧散する。 金を紡いだような豪奢な髪も融けかけた雪が絡まって、がちがちに凍っている。 「……ライラさん、そろそろ時間ですよ」 「クレイル」 塔の先端にうずくまる彼女に、天窓の向こうから声がかかる。 「律儀に見張りなんてしてなくていいんですよ、どうせ嫌がらせなんだし、第一こんな辺境にやってくるような物好きがいるとは思えません」 「それもそうだけど。やらないであとで文句を言われる方が面倒だ」 がこんと音を立てて天窓が引き下ろされる。 滑り込むように身を躍らせて暖かな室内に入り込むと、後を追ってきた雪がちらちらと舞い降りてきては絨毯に融けていった。 「ああもう、びしょ濡れじゃないですか」 「大したことはないけど」 「僕にとっては十分大したことですよ。お風呂沸いてますからさっさと入って来て下さい。ほら行く」 こういうときの彼は不思議なくらい強引だ。 逆らう理由もないライラは、確かにこのまま此処にいたら絨毯に水溜りが出来るなあと呑気なことを考えながら浴室に消えていく。 雪塗れの金髪が扉の向こうに消えていくのを見送り、クレイルは溜息をついた。 「あの鈍感さ、本当どうにかなりませんかねえ……両親はふたりとも感情の機微に聡いひとたちだったと思うんですけど」 しかし、彼の親友でもあった父親の方は、そういうことに気付いていても無視したり自分に向けられる好意には恐ろしく鈍かったことをふと思い出し、「そっちの血か」と低い声で呟いた。 ****** 冬になると雪とセットで出てくるひとたち。どちらかというと春のイメージなのに何故だ自分。 |