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占師と皇后。 | 2006年03月06日(月) |
遠く彼方に、兆しが視える。 * 「ラトーラさま? 今、お話を聞いてもらっても大丈夫かしら?」 名前を呼ばれて、星を読んでいた女はゆっくりと振り返った。 強い風が吹けば折れてしまう茎の細い百合のような、儚い雰囲気を持った若い女性が、帳の内からじっと彼女を見つめている。 「……これはこれは、皇后さま。私めでよろしければ幾らでも」 音もなく滑るように帳をくぐった女は、華奢な体躯の皇后と比べればだいぶ肉のついた、ふくよかな腕を伸ばして彼女の肩に軽く手を添えた。 途端に安心したように皇后は頬の強張りを解き、潤んだ瞳でラトーラを見上げる。 「ラトーラさま。わたくし、どうしたらよろしいのでしょう」 「何かございましたか?」 問う声は柔らかく穏やかで、彼女は母親に甘えるように頭をラトーラの胸に預けてぽつぽつと語り出す。 「あの方は今でも、ヒルダさまのことが忘れられないようなのです」 「殿方というものは手に入れられないかったものに執着するものですから、ある程度は仕方のないことですよ」 すぱんと言い切ったラトーラを見上げて、彼女は小さく笑む。 「ラトーラさまはやはり違うのね。わたくしに対してそこまではっきりと物事を仰ってくれるひとには滅多に出会えませんわ」 「私はこの都の身分には縛られない者ですから。こうして皇后さまにお仕えしているのも、私がそうしたいと思ったからです」 皇后はますます楽しげに喉を鳴らす。 「ああ、わたくしあの方と子供の次にあなたが好きですわ、ラトーラさま」 「光栄にございます。よろしければお話の続きをお伺いしても?」 ラトーラの差し向けた言葉に、彼女はきっと眉を吊り上げて手元のクッションを握り締めた。 「ええそう、聞いてちょうだいラトーラさま。わたくしのこの金の髪を見て今日、あの方何と仰ったと思います? リリィの髪はヒルダさまを思い出す、ですって! ヒルダさまの髪もやはり金髪ですけれど、あの方は巻き毛でわたくしよりもずっとずっと色の濃い髪をしていらっしゃったのよ。それをどうしてわたくしの髪を見て彼女を思い出すなんて仰るのかしらあのひとは!」 迸る言葉のひとつひとつにラトーラは頷き、丁寧に助言を返す。 感情が昂ぶりすぎたのか、しまいにはクッションをぱしぱし叩き始めた皇后を宥めるべく、その瞳を覗き込む。 意志の強く、賢い眼。 華奢な体躯とは裏腹に、彼女はしなやかでけして折れないひとつの思いを抱えている。 純真さと狡猾さを併せ持つ、まさに彼女はラトーラの理想だった。 「皇后さま、どうぞお聞き下さいませ」 ラトーラは自分の見込んだ人間が、期待通りの者であったことに満足げに微笑む。 そうして与えられたひとつの提案に、皇后は瞳を輝かせた。 「そのとおりになったら、素敵ね」 「ええ、ですがひとつ。そのとおりになるのではなく、そのとおりにするのですよ、皇后さま」 ****** 丸一月屋台書いてないって初めてのような気が。あわー。 |