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不吉な予感。 | 2006年03月08日(水) |
風が変わる。 * 「コーネリア?」 彼の声は、不思議とよく通る。喧騒の中にあるときは尚更そう感じる。 「あ、えーと、何?」 「いいえ、ぼんやりしていたようでしたから。ひとにぶつからないよう気をつけて下さいね」 軽く腕を引かれてつんのめると、そのすぐ後ろを大きな籠を抱えた女のひとが通り過ぎていった。 「ほら」 「……ごめんなさい」 目が見えないエシィは、目の見えるわたしよりもずっと器用に人込みの中を歩いている。どうして、と聞いたら、何となくそこにひとがいることが分かるから、とよく分からない答えが返ってきた。 要は気配を読むのがとても上手いのだろう。彼の感覚はとても鋭敏で、ドアをノックする前に出迎えられたことも少なくない。 「こんなにひとがいっぱいいるのにどうしてそんなに器用に歩けるのかしら。何だかわたしの方が手を引かれて歩いてる気分だわ」 普段地面を確認するのに使っている杖は、ひとが多すぎて危なくて使えない。 だからこそわたしが代わりに手を引いているというのに、これでは全く逆ではないか。 「いや、あなたがいなかったら私は危なくて動けませんよ」 「嘘ばっかり」 すねてみせると、彼は本当に困ったように眉根を寄せた。 「……どうやったらご機嫌が直るのでしょうかね、このお姫さまは」 「じゃあ、早く買い物終わらせて帰りましょ。こんなにひとがいっぱいじゃエシィも疲れるでしょ」 頷くようにそっと笑う彼の表情はとても綺麗で、何となく幸せな気分になってわたしも笑う。 パンとそれと幾つかの必要なものを買って、市場を後にする。 人気の少ない帰り道に吹く風は、嵐の時期が近いこともあっていつもよりも強かった。 「風が強いですね」 「うん。何だか去年よりも嵐が来るの早い感じがする。塀の修理は早めの方が良さそうね」 出来れば最初の嵐が来る前に修繕を終わらせてしまいたい。 赤い夕日が地平でゆらりと揺れる。 ざわ、と何か嫌な感覚が全身を巡った。腕に鳥肌が立つのが分かる。 「コーニー?」 反射的にぎゅっと握りしめた手を不思議そうに握り返しながら、エシィが首を傾げる。 「ううん、何でもない」 こわい。こわい。 理由もなく、ただ怖い。 「コーネリア」 彼に隠しごとは出来ない。 宥めるような彼の優しい声ですら、ただ湧き上がるこの感覚を鎮めるのには足りなくて。 ただ、繋いだ手が離れないようにと強く願った。 * ――そうして東から吹き始めた荒い風は、それはとてもとても不吉な予感を孕んで、わたしの髪をひどく乱した。 それが正しいと知ったのは、それから、すぐのこと。 ****** すぐ下の日記と同じ話のひとたち。 書きたいなあと思いつつ中々踏み出せてません。ぎゃーす。 何か気分が盛り上がってきたので頑張ろう。 |