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No-Mark Stall *




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サイカイ。 | 2006年03月23日(木)
「お久しぶりね、リオネル」
二年前よりぐっと艶を増した麗しいソプラノが耳をくすぐる。
「……荒野に追放された罪深きこの身に、今更いかなる御用でしょうか」
皇后陛下、と彼女を呼ぶ声は淡々として、感情を全く伺わせない。
不遜な物言いに機嫌を損ねた風でもなく、皇后は扇を口元にやって上品な笑い声をこぼした。
「相変わらずねあなたは。いえ、ちょっと図太くなったかしら? まぁどちらでも構わないわ。でも、わたくしや陛下にはその鉄面皮も通用しないということを忘れないでちょうだい、リオネル」
「……それで、本題は何でしょうか」
困ったように眉をひそめる彼に、彼女は小首を傾げて微笑む。
少女じみた仕草と可憐な外見に似合わぬ妖艶な笑みに潜むものに、気付くものはどれだけいるか。そちらこそ相変わらずだと心中で溜息を吐くリオネルに、更なる声がまとわりつく。
「つれないひと。荒野で可憐な花でも見つけたかしら。報告によると年頃の娘と暮らしていたということだけど」
「……その娘に興味でも持たれましたか、リリアナさま」
「ええ、興味はあるわ。朴念仁で言い寄る娘をことごとく跳ね除けたあなたが傍に置いていたという娘ですもの。でも、彼女の話も気になるけど、今日は別の話をしましょ、リオネル」
ふんわりとした空気に冷たい氷が混じる。
「二年前のことはごめんなさいね。できればあなたをそんな目には合わせたくなかったのだけれど、幾ら申し上げても陛下は聞いて下さらなくって」
「それで、間諜を放たれましたか」
「ええ。最初はあなたの遺体だけでもこっそりお墓に入れてあげられたら、と思ったのだけど、生きているとわかって驚いたわ」
そして、この上ない好機だと。
そう囁く声に混じるのは甘美な毒。
「陛下はあなたのことも大好きだから。ずっと落ち込んでいらっしゃったわ。そして後悔なさっていた。ねえリオネル、わたくし、あなたがちょっとうらやましいわ」
伸ばされた優美な白い腕が彼の首に絡みつく。
「でも、あなたのことは別に良いの。あなたは陛下の友人で、わたくしとは別のところであの方に必要なひと」
首に添えられた手に、一瞬だけ力がこもる。
眉ひとつ動かさずにそれを受け入れた彼は、つまらなさそうに息を吐いた。
「……許せないのは、皇太后のことですか」
「あら、知っていたの」
毒気を抜かれたような声とともに、蛇のように絡み付いていた腕がするりと解けて離れていく。
「美しい方だったのは知っているの。わたくしも憧れたから。陛下の初恋があの方だということも受け入れたわ。事実だから。でも、今でも陛下はあの方の面影を追い求めていらっしゃる。傍にいるのはわたくしなのに」
今にもしおれてしまいそうな花のように、寂しげな呟きが耳を打つ。
けれどその根の深さとそこに混じる妄執を、彼は知っている。
同時に、かの男を捕らえて離さない、過去に咲いた麗しい花の強烈な姿も。

「わたくしは、あの方の一番が欲しいの」

届かない綺羅星を求める子供のように頑是無く純粋な言葉は、彼にもひどく覚えのあるもので、リオネルは密やかに溜息をこぼした。


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どろどろしすぎだこいつら。
written by MitukiHome
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