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墓前。 | 2007年08月01日(水) |
「残念ながら。この世界の神はもう、誰の祈りも聞き届けることはない」 静かに笑う男の、きらきらと虹色に光る髪がさらりと風に流れる。 彼が背に負う六対の純白の翼の眩さに目を細め、彼女は言葉の続きを待った。 「何故ならばこの柩の中で、彼女は眠りについているからだ」 ふたりの間に横たわる真白い柩にそっと手を置き、彼は囁く。 「……開けてみたいと、思わないか?」 天上の御使いとも見紛う清らな容貌とは裏腹に、彼の唇から紡がれる誘惑は闇から出ずる悪意の塊のようにひどく邪だ。 彼のように、白い石棺にそうっと掌を当てる。ひんやりと冷たく、ざらざらとした質感は神がこの中で眠っているとは思えないほど質素な印象を与えた。 ろくな彩色も施されておらず、ただ、頭が置かれているであろう位置に金字で一言、『我が眠りを妨げるべからず』と端的な警告がなされているだけだった。 「開けられるの?」 「お前ならばあるいは」 触れていた手を離し、彼はその掌を見せ付けるように彼女へと向けた。 ひどく爛れた手に彼女は眉をひそめる。思わず自分の掌を見つめたが、そこには何の異常もなかった。 「……開けたあとにはどうなるの」 「神が眠りより目覚める」 その声には隠し切れない悦びが滲んでいた。 ******* どうも私の書こうとする話には変質者というか偏執者が多い。 |