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No-Mark Stall *




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贄を捧げる儀式。 | 2007年11月13日(火)
嘆く声が聞こえる。

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彼女はうつろな意識を瞬かせ、遥か下方の地上を見つめた。
白い質素な装束を身に纏った娘たちの周囲を、金の仮面をつけたおどろおどろしい男が舞っている。
金糸の刺繍がなされた袖を見事にさばき、榊の枝を振る仕草は、ともすれば下品とも見られる派手な衣装を雅なものに見せていた。
やはり衣装は着る者によるものだ、とぼんやりとそんなことを考えていた彼女の髪を、よく知った指先が撫でていく。
「……そろそろお別れでございますか」
返事はない。ただ、惜しむように指先を絡め取られる。

あの儀式は贄を選ぶためのものだ。確か十三年ごとに行われていたはずだから、前回からそれだけの年が経っていることになる。
その儀式で選ばれたときのことを思い出そうと記憶を巡らせる。
そう、確か、とても恐ろしかった。
同じように肩を震わせていた娘たちが、彼女が選ばれた瞬間にほっと息をついていたことを何故か鮮明に思い出す。
泣いても縋っても許してはもらえなくて、次の新月の夜に滝に突き落とされた。
あの中の娘のひとりも同じように怖くて悲しくてひとを怨みながら死んでいかねばならないのだな、と思うと、彼女たちが哀れでならなかった。
でも大丈夫よ、と彼女は天からそっと言葉を落とす。

ここはとてもおだやかだから。このかたはとてもやさしいから。

まどろむような十三年だったように思う。
きちんとお慰めできたかしら、と後ろを振り返ると、ひどく悲しげな目をした主がこちらを見つめていた。
「いつもどおりのことでございましょう? 大丈夫です、きっと次の娘はわたくしよりも気立ての良いおなごでしょうから」
ふるふると首を振って、まるで子供のように抱きついてきた主の背を緩やかに叩きながら、繰り返し繰り返し言い聞かす。
「お約束なのでしょう」
人間が勝手にこちらに娘を寄越すだけだ、と彼は小さな声で呟いた。
自信に溢れる言動をしている主の怯えるような様を見たのは初めてで、彼女は身を離してその目をじっとのぞき込む。
湖の底のような、森の作る緑の闇のような、或いはまた雲ひとつない空のような、光を受けて透ける葉のような、青と緑の間でめまぐるしく色を変える美しい瞳だ。
実は人見知りされる方なのかしら、と彼女はその双眸を見つめながら小さく首を傾げる。

新しい贄の娘の満ち溢れる生気に耐えられず古い巫女はその魂を消してしまう。前の巫女が、やっと解放されると涙ながらにその姿を空に溶かしていったときの様を思い出し、そのような解放感を覚えない自分に更に彼女は首を傾けた。
荒ぶる御魂と地にうごめく者たちから恐れられる、ヒトではない強大なモノをお慰めするためと、彼女の村は十三年に一度清らな処女を天に送る。
地上の人々と同じように天を畏れた彼女はこうして傍近くに侍るようになって、ソレがけして恐ろしいだけのものではなかったことを知った。
確かにときに彼は暴れるが、巫女になっておろおろするばかりの彼女を労わってくれる優しさも見せてくれた。
「わたくし、消えてしまう前に次の娘によく言って聞かせますわ。あなたは恐ろしいだけの方ではないと」
だから安心してくださいませ、と笑みかけると、そうではないと首を振られた。
彼女は困ったように目を瞬かせる。

ちらと地上を振り返ると、ひとりの娘が泣き崩れていた。金の仮面の男が榊をそっとその頭上にかざす。
「ほら、選ばれましたわ。お気に召すかしら」
けれど主は下方になど目をくれようともせず、逆に見たくないとばかりに彼女の肩口に顔を押し当てる。
どうしましょうと彼女は途方に暮れながら、潮が満ちるように強くなった眠気に身を任せる。
ここ最近はずっとこうだ。起きていられる時間がどんどん短くなっていく。
十三年という月日はきっと、巫女が磨耗して消えてしまうまでのぎりぎりの時間なのだろう。
たとえずっと傍にいたくとも、本来ヒトがいられるはずもない場所に身を留めることはそれだけで魂を磨り減らす。
大丈夫ですから、と根拠のない慰めを口にして、彼女は意識を手放した。

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生贄交代の場合大概は交代する方だよなーと思い、交代される側ってどんなんかしらという妄想。
written by MitukiHome
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