ゼロの視点
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パリの家に戻ってきて、日本から運んできたスーツケースを開けると、中からプゥーンと実家の香り・・・・・・。その香りで、ふとまだ自分が実家に、そして日本にいる錯覚に陥るのだが、窓から外をみると、確かにパリ。
一方、日本にやってきた時は、スーツケースを開けると、中からプゥーンとパリの家の香りがして、それはそれで妙な錯覚が発生するのが常。特に、忘れ物などをしたときは、各家にいながら、もう簡単には戻れない各家の残り香を嗅ぎながら、もどかしい思いをすることになる。
これらの香りに包まれながら、私はこれから先どのくらい、この近くて遠い、悩ましいまでに恋しく、数時間前までは私自身と一緒に確かに存在した、今いるところではない所の香りを嗅ぎ続ける生活を送るようになるのだろうか?、と自問。ま、もちろん・・・・、自分で選んだ生活とはいえ・・・、だ(汗)。
香りだけでも混乱することが全てを象徴するように、ひとつの国の世界にドップリ浸かって生活したあと、またもう一つ別の国で、ドップリ浸かり直す生活。一度リズムにのってしまえば、そりゃ大変楽しいのだが、生活を切り替えるたびに、それなりの代償・・・・つまりは、かなりのエネルギーを消耗することになる。
今、この瞬間を燃焼し続ける・・・、という生き方が理想だとすれば、両国を行き来する度に、私は、今、この瞬間にいられないジレンマに陥ってしまう・・・、というわけ、だ。いずれにせよ、徐々に通常運転に戻っていくのだが、それにしても、年々キツクなってくる。
以前は、自然の移り変わり等にも全く興味がなかった私。そんな私が、紅葉がキレイだなんだと、すっかり変わってしまったことでもわかるように、ヤバくなっているのだ(笑)。これが老いというものなのか ぁ?!?!?!
若さと勢いで、いとも簡単に割り切ってきたものも、少しずつ割り切りにくくなり、紅葉を見ながらそれに人間の人生をなぞらえ、母はもう枝から落ちる寸前の葉なのだな・・・、と想像してはため息をつく。
また父方の従姉ES嬢と一緒に河口湖で紅葉を見たときは、《私、今、紅葉してんのねぇ・・》という彼女の発言を耳にしてしまうと、ふたまわりも年上の彼女が、順番でいけば私よりも先に逝ってしまうのだ・・・、と想像し、またまたため息。
嫌い嫌いと宣言し続けている姑も、いつかいなくなってしまうのか?、と思うとなんともいえなくなってくるし、ここ数ヶ月、身近な人が立て続けに癌になって生死を彷徨っていたりするのも、また私を切なくさせる。
そんな時、ラジオからとってつけたようなタイミングで、イヴ・モンタンの枯葉が流れてくる・・・・(笑)。やめてくれぇぇえっ。で、その後に、レオ・フェレの《Avec le temps》が追い討ちをかけてくる・・・。
おいおいおいっ、一体なんなんだ、このラジオォ?!?!?!、私に喧嘩売ってるのかぁぁあっ?!?!?!?!、と怒ってみたら、身体中にエネルギーが沸いてきて、さっきまでのメランコリーが嘘のように、すっかり元気になってしまっていたゼロでした。
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