流れる水の中に...雨音

 

 

こだわる。 - 2002年12月03日(火)



なにかに「こだわり」を持つということは
言い換えれば 何かに囚われるということ。
ポリシーを持つことはいいことだけれども
何かに囚われてばかりいては 身動きがとれなくなって
自分で自分の首をしめる。それが弱点となる。
本当ならば 一つだけに視線をむけるのではなくて
数歩さがって全体を見渡したならば そんな一つのこだわりなど
ちっぽけであるはずなのに まるでそれが自分の宇宙のように
思い込んでしまって 不幸になる。


なにかに執着してはいけない。
人にも 物にも 行為にも。


何かを与えられること 何かを大切に思うことを恐れて
人は人を拒む。失うときが恐いから。
自分にとって安らぎをもたらす誰かはまた
自分の弱みを握る人物ともなる。
愛するということは そういうこと。
余分に愛したほうが 囚われものになる。


これでないと駄目なんだといいながら
人は自分に合った物を使用する。
車や 服や 靴や そんなもの。
物は自分の個性を表した象徴。
だけれども 本当は それでなくても生きていける。
「これでないと駄目」だというのは幻想。
自分が動きにくくなっていることに 気が付かない。


右足から靴をはかねばならないという思い込み。
ある動作を毎日しないと駄目だという強迫観念。
決まった手順を踏まねばならないという恐怖感。
自分で自分を忙しくして 自分で自分を回り道させる。
論理にのっとった手順ではなく
感覚や思念に支配された決まりごと。
何かに取り憑かれてる。


毎日 何かに囚われて生きてる。
自由な世界を生きにくくしているのは自分なのに。

私はひとつずつ 解き放ってゆく。
私に結ばれた糸を 一本一本ほどいてゆく。
何かと別れて 何かを失って。
そして私は 糸の切れた凧のように
風の向くままに 
広い青空を 自由に泳いでゆく。






...




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