ジョージ北峰の日記
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2003年05月11日(日) 雪女”クローンA”の愛と哀しみーつづき

 彼女は両親が結婚して直後に誕生した、母に似て何事にも積極的に取り組む子供だった、また父に似て探究心が旺盛で、音楽、スポーツ、学業にも優れX国でも有名なS大学の理学部に入学した、と言う。しかし、入学して1年も経たないうちに性質(たち)の悪い悪性腫瘍を患い、両親の祈りもむなしく死んだ。その時、発生学者の父がせめて彼女の細胞だけでも生かせておきたいと彼女の体から細胞を取り出し冷凍保存した。
 彼女の細胞を培養器で増殖させるのが本当の目的だった、だから彼女の細胞の一部はS大学の発生学研究所に今なお保存されているはずだ、と言う。
 当時、父は既に下等動物ではクローンの作成に成功、人間にも適用可能なことを予想していた。ただ、世論はクローン人間の話に否定的な時代だった、と言う。しかし、短命だった彼女の人生をとても残念に思い(科学的興味がなかったと言えば嘘になるかも知れないが)、父は母を説得、クローン人間を誕生させる決心をした。何度も失敗を繰り返したが、最後に細胞クローンAを使った実験が成功、A子が誕生したと言うのだ。母は高齢だったが、自分が”クローンの母”になることをと熱望、彼女を産んだ。それが原因かどうかは知らないが、母は1年後に病気で亡くなった、と言うのだった。
 A子は親の命を犠牲にして誕生した人間、だから母にはとても感謝している。
 しかし私の為に母が死んだことはとても悲しく寂しい、
 本当は誰よりも母に会いたかった、と言った。勿論二度目の命を授けてくれた父 は私にとっては救世主キリストのような存在、と淡々と語った。
 彼女の話しは、私の想像をはるかに越える内容だった。静かな湖面にミサイルを打ち込まれたような衝撃で私の心は動転し、手のひらが汗ばむのさえ気付かぬほどだった。ふと彼女の方に目をやると、まだあどけなさが残る横顔、太陽に白く、眩しく輝く美しさ、しかしなお苦しみに耐える姿はいじらしく、純粋で思いっきり抱きしめ、慰めてやりたい!元気付けてやりたい!そんな押さえ切れない気持ち、衝動に駆られた。
 それは私が過去一度も経験したことがない情動の昂揚、破裂せんばかりの心臓の高鳴りだった。
 V
 山の高台にある村は秋の訪れが早いのか稲刈りはもう殆ど終了し、苅田のあちこちに稲穂の束が円錐状に形よく堆積されていた。一巡り村を歩いている間も、時々顔見知りの人々から声をかけられ、柿やクリの実をもらい、帰る頃にはリュックは一杯になっていた。そして苅田のそこかしこで煙が立ち昇る頃、太陽は西の空に傾きかけていた。
 彼女の話しに、私は驚き、何故か悔しく、憐憫の情なども重なって、言葉ではとても言い表せない感情に心揺れていたが、彼女の方は、もう何事も無かったかのように、笑い、出会う人々と陽気に会話を楽しんでいるように振舞っていた。そんな姿からは、彼女がクローン人間だなどと私には俄(にわ)かには信じがたく、
 彼女は普通の人間! 先ほどの話しはきっと夢の中の出来事!否、今は夢を見ているに違いない! と、自分を納得、冷静にさせるよう努めた。がしかし思考は完全に停止、同じ場所を堂堂巡りしているようだった。
 暮れようとする峠の頂上から望む眺めは、深く落ち込む私の心とは裏腹に、今日は特に壮観で、今まさに沈まんとする太陽が西空をきらきらと黄金色に染め、その後に続くいわし雲が真っ赤に輝く有様は、背景の墨絵のような山との対比が見事で、この世に実在する光景とは思えず、さながら曼荼羅の世界のように思えた。
        つづく


ジョージ北峰 |MAIL