| 2004年05月05日(水) |
今日も何処かで虐待されている子が・・・ |
ダメ人間の特徴としては、一応夏休みとか連休前にはスケジュールとか予定を緻密に立ててみるんだけど、立てただけで満足して実行しない。そんなダメ人間の多分にもれず、全く無為に過ごした連休最後の日は散髪に出かけました。
行き付けの店の担当さんがちょっと離れた新店に移動になったのでそちらに出向いたら、なんかやたらとゆとりがあって空いていた。でも、ほぼ坊主の様に短くするだけなので、極論「お前みたいなダサイおっさんが、わざわざここ迄来る事もないのではないか?」と言われると返す言葉がない。
さっぱりして下北でちょこちょこ変な物ばかり買物をして、新宿で『きょうのできごと』を鑑賞。なんか、関西弁の女の子が可愛く見える映画だ。
アラブ人と同じように関西人が苦手と行っている私だが、実は、今迄の人生で周りに関西出身の人が居た事は殆ど無く、知り合いにも1・2人いる程度だ。そんな彼等も東京に出て来て長いので結構な割合標準語になてしまっている。正味の話、吉祥寺とかのギャバクラとか行っても、関西弁のオネーちゃんが付いた事は殆ど無いし、博多弁とか九州の人もあった事がない。目下のところ京都弁の女の子に出合う事を期待している毎日です。
『きょうのできごと』:今、日本の映画界で、商業面、評価、作品のバラエティー、本人の能力とやりたい事が最もバランスの取れている是定勲監督が、田中麗奈、妻夫木聡、伊藤歩、柏原収史、池脇千鶴など25歳前後の旬な役者を使い、複数の同時進行する何でもない日常&青春の一コマを淡々と綴る“日本的”「マグノリア」。 遅ればせながらこの作品を観てわかったのが、是定監督ってポスト岩井俊二的なポジションに居るんだなぁってことです。作る作品の規模が大きい時にも商業的な結果を求められながらも、その作家性を出す事も許され、時には作家性でなんとすることまで求められるという。たぶん、彼の意識の中にはプロヂューサー的な客観視する視線がいつも有るからこの要望にも有る程度答えられるバランスのいい作品が生まれるのだと思う。因に、この視点に秀でた日本の監督に、「月光の囁き」「黄泉がえり」の塩田明彦が居る。 作品の印象とシテは、全体に物語としては緩く薄いので、メイン以外の話もそれなりに面白いけど同でもいい感じもする。ただ、使っている役者が日本映画屈指の傍役だったりするのでよそう以上に面白くなっているだけ。まあ、そのパートも(役者自身も含め)キャラクターに皆親しみが持てるのがいい。特にメインのパートでは、ダルでもっさい関東者は、関西弁を使う女子に憧れてしまう(実際の役者では関西人の女子は池脇千鶴だけ)。京都弁の女の子いいなぁ・・・とか。
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