夏の絽の着物に染めつけた花の下で 何度も咲いては散った胸の花がある 色も香りも無くあのひとが感じることもなく 何度も何度もその花びらはこぼれ 明らかな 情を私に教えつつ あざやかに咲いては散り咲いては散り 散ってなお いつも根を私に残した ここに無いと信じ 誰にも気取られず あなたにもあのひとにも言葉にすることなく しかし花は いつも つぼみのままひっそりと沈みながら花ひらくときを待ち望み 摘まれても摘まれても梅雨時には枝がたわむまでに花を満開にし その花びらは 夏の夕べ 私の歩く跡に淡く淡く こぼれて いつかあのひとの方角へと吹かれてゆくのだった
ありません 何も 指先のふるえも心臓の動きも 帯に押さえられた身体の下で形にもならず 何度もあなたに ありません 何も そう答えた
花が咲くとき あのひとを見あのひとを追いあのひとを 見送って 花びらは増えつづけ 陽を浴びて やがてやわらかに散り落ちて あなたに ありません 何も と 答える
ありません
ありません
何も
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