あきれるほど遠くに
心なんか言葉にならなくていい。

2002年10月26日(土) 自己同一性



IDENTITY.
って一体何なんだろう、と確か中学3年生の頃に思っていた。
てゆーかぶっちゃけそういう言葉を知らなくてね。
もちろん日本語としては知ってたけど。
英語の単語として、その意味をちゃんと知ってはいなかった。
だからさ、【identity card】の意味がわからんわけですよ。

・・・・。

あー、そこ!蔑むような目で見ない!
そんなもんですよ、田舎の小学校を出てるけど私立の中学の中学入試受けてトントン拍子な人生歩き始めた奴って。
ふつーじゃなく幼い頃から英検受けさせられてたって、こんなもん。
親には云っちゃ悪いけど、子どもの教育間違えたと思います。
日本語もわからん1歳の時分から英語聞かせんでもさ。
おかげで英語はフィーリングでしかわかりません。やたら変な言い回しは知ってるくせに、文法の細かいとこがわかりません。
おかげで大学入試の頃までwasとwereの使い分けができなかった僕。
そんなでも四大受かるんですよ!
・・・てゆーかあれはうちの大学でないと無理だな。たぶん。

んで、そう。
IDENTITY.
なんてゆーか、僕はずっとその意味を『自分であるということ』みたいな意味だと思ってたわけなのですよ。
僕が周防真であるように、かたちづくられた精神を持つということ。
なのだと思ってたのですよ。
実際よく分からんかったし。
模試とかにはイヤにたくさん、変な論説文が出てきてて、そういう文章の10に1つには【アイデンティティー】の文字があって。
それを持たねばならない、形成せねばならない、とうんざりするほど書いてあって。
なんだかすごい高尚なことのようにさ。

まぁ、簡単に辞書を引けば、
【アイデンティティー:自我同一性、自己同一性、主体性、自己の連続性、自分が自分であることを感得しうること】
となっている。
そりゃ、こういう頭で【アイデンティティー・カード】と言われると、何だそりゃ?って思うよなぁ(苦笑)
でもその、【アイデンティティー】って、そんなに特別なモノだと思えなかった。
なんかね、だいたい僕らが子どもだった時分から、『個性の重視』とかが叫ばれるようになってきたんだけど。
うん。
そんなに大事なモノのようには思えないんだ。
未だに。

んー、長くなってしまったので、続きはまた明日にでも書きます。




↑当たり前じゃん。
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