| 2003年03月31日(月) |
雨の日は恋人に囚われる |
春的症状、若干緩和中。 『春的』って言うと何だかホンワカしたイメージを浮かべてしまうのは、もう条件反射みたく仕方のないものだと思うけど。 けど、僕にとっての春は違うからね。 断じて。
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って、別にそこまでむきになって宣言することでもないのだ。 だけど他人の見方なんてどんな風にもなりうるし。 どんなようにも『僕』というものが定義されてしまいそうだし。
そして僕はかなり染められやすいから。 いろんな人に。モノに。事に。 一旦踏み込んだが最後、戻れなくなる自分を容易に想定できるので、初めから踏み込まないようにしている。 自分の中の基準を厳しく設けておいて、それをきっちりと守ることにしている。 ・・・そういうのって、面白くないのかもしれないけど。 でも僕自身をニュートラルに保つのは、防衛策みたいなものだ。 惑溺し易い体質から我が身を守るためだ。
他人からのどんな定義も煩わしい、と思ってしまうのはちょっと困った話ではあるんだけど。
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例えば、 僕があるひとの裏切りを許すことができるのは、 自分がそのひとに対するつみびとであるからだとしたら、 それは何だかとても さみしいことだなぁ、と 考えていました。
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