強い風が吹く。僕に追いすがるように。 服の裾をつかまれた気がして振り向くと、この風にもかかわらずニセアカシアの濃い匂いが雨粒の合間に深く澱んでいる。 風が散らした緑の葉とハナミズキの花。 黒く濡れたアスファルトに、僕の乾いた足跡がずっと、続いている。
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嵐の朝は心が湧き立つよう。 ベッドの横のカーテンを少し引き開けて、吹き散らされていく諸々を見る。 窓をほんの僅かに開くと、吹き込んでくる質量を持った風。 ふと、いつかの濃い暗闇と音も無い駅舎を対比するように思い出してしまう。
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裸足で庭に降り立つと、伸び放題の芝と雨に濡れた落ち葉に足が柔らかく包まれる。 こんな日は寝巻きでも遠くまで歩いていける、と思う。傘も無しに。 灰色に明るい空。 嵐はどうしてだかいつも晴れやかなイメージだ。 家を揺さぶる風も、僕の髪を乱し服を肌に貼り付けるだけであとは僕の味方。 アスファルトも雨に濡れてまろみを帯びている。
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風に押され、風に誘われるように、足は迷いもなく前へ前へと進む。 この世にどんな人間も居なくなったような錯覚。 時折ざぁっと叩きつける雨粒と、あっという間に冷えてしまった足先が同じような音で地面を辿っていく。 嵐の朝は何もかもが音を抱えている。
そして嵐の朝は灰色だ。
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