台風一過。
と言うより台風が去った後のほうがよほど風が強く嵐めいている。 ごうごうと風の音。 はためく風に、しぶきのような細かい霧雨が視界を覆うように降っていて、そんな中を本が濡れてしまうのを気にしながら出かけてゆく。
ところどころで眩しいほど白く雲が切れていて、空は無防備な脇腹を晒すように青く瞳を開けている。 街中は祇園祭の熱気を取り戻していて、なるべく近寄らないようにしていても四条烏丸あたりは人いきれにむせるようだ。 祇園祭と言うと大阪方面からは何故か河原町まで行く人があるらしく、河原町から烏丸へ、人の流れができてしまっていて逆方向は歩きにくい。
ようよう乗った帰りの電車は、夕方でも帰路につく人が多く普段になく混雑している。 烏丸から桂へ、特急列車は停まらず走り続け、途中西院を過ぎて地上に出れば傾きかけた陽射しの鮮烈さに眩暈がする。 あぁようやく夏なのだ、と今更ながら首をもたげて息をするような気がする。 まるで夢から醒めたような。 深い酔いから浮上したときの、気狂いを惜しむような不思議な感情がする。 なんだかもう少し、そこに沈んでいたかったみたいな。
ひとを想う。 想うのはひとのことばかり。 あえて他の色んなことを深く考えないようにしているのだから当たり前のこと。 ひどく煙草が吸いたくなって、だけど急に吸える場所もなくて、とぼとぼと家に帰る。
煙草を吸うと、いくつかのことがリセットされる。 吸わなかった間の貞淑じみた自分のこととか。 まるで正直者であるかのように思い込みそうな自分のこととか。 ひとのことを忘れてしまえばいいのに、と考えている自分のこととか。 もう戻れようがないところまで戻って、リセット。 偽善者め、という言葉がなんだか芝居じみていて苦笑する。
あいしてる、愛してる もうそれが誰のためのものかもわからない 少なくともあのひとのためじゃない
そうしていつの間にか僕は決して幸せではないという自己暗示から抜け出せなくなってしまう、 幸せではない誰かのために僕もまた幸せではないという矛盾に溺れてしまう。 これが恋ならいいね、と僕はもう笑うしかない。 これが絶望的な恋ならいいね。
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