昨日は通院日でした。

 先生はこの前私が向かったであろう地域の天候を調べて下さってました。
「すごい雪だったんじゃないですか?辿り着けなかったでしょう?」
 お騒がせしてすみません。その頃、東西逆の地点で夢見心地になっていました。そして気にかけて下さったことに感謝します。

 今回は約束していた意識表を先生に渡しました。本当は忘れていたのですが、光ちゃんが持ってきてくれてたんです(謝々)

 約10年前、K大付属病院にて色で識別しようと試みたのですが、今ほどの認知力は無い上に、つかみ所のない意識と言うようなものを比較的明確(でもないか)な色で表すには無理があったようです。
 なので今回は色や質感に加えてコードと愛称、性別、年齢(全て感覚的、抽象的で曖昧)と言う様々な角度から書き込み、後は口答で説明しました。
 ちなみに「あなたの意識とは何か一言で説明せよ」と問われたら、きっと私は「私自身」と答えると思います。では「他(他人)の意識との違いを述べよ」と問われたら?私にとってこの試みは、それに近いものがありました。

 その表は私に把握しうる限りのものなので穴あきだらけです。しかし表全体を見れば故郷そのもので、原風景とも言える完結した世界なのです。そして私は今もその地に生きています。
 先生は「現実の無意味な(虐待をしのぐ)時間と、意味のある時間」と言うようなことをおっしゃっていました。私には現実の無意味な時間は意味を成さないのです。自分でもそう思います。

 そう言えば先生が書いたメモを忘れて帰ってきてしまいました。いつももらっているのですが…。ちょっとテンパリすぎたかな?
2005年04月01日(金)

寝言日記 / 杏