2002年12月09日(月) |
上野千鶴子『サヨナラ学校化社会』★★★☆☆ |
 『サヨナラ、学校化社会』 上野 千鶴子 太郎次郎社 (2002/04)
目次から。 「東大生、この空洞のエリートたち」 「虐待母は学校化世代の二サイクル目」 「自分だけの問いを探究しつづける」 「自分でつかんだ発見だから納得がある」 「それは『主婦って、なに』から始まった」 「未来のたまに今をガマンする生き方」
ふむふむ、とうなずきながら読み進んだ。 最後まで読み終える少し前、192ページでシオリを探した。 今の自分の心の琴線に触れる言葉に出会ったからだ。
以下引用。 「自分の人生に最後に評価をくだすのは、親でも先生でもありません。(略)自分にの人生に『ああおもしろかった』『生きてよかった』と言えるのは自分だけです。だったら、自分が一番納得できる生き方をしてみませんか。」 引用ここまで。
絶望していた10代、迷走していた20代、自分の魂はこういうメッセージを求めてたなあと思った。 本を読むと、どうやらこういう生き方があるらしい。 周りの天真爛漫な人、前向きな人、笑顔の人は、こういう考え方、ライフスタイルで生きてるみたいだ。
なんで自分はそうでないんだろう?
なんで?についてはもういいや、って思えるようになった。 いや、なりつつある、かもしれない、って感じかな。 なんでそうでなかったんだろう?と過去形にするべく、今も迷走中だ。
もうひとつ、引用。 ここ読んでくださったあなたにも、問いを。 自分の子どもには、後者であってほしいと、願う。
「人に言われたことばかりやって人に頭をなでてもらう生き方と、人に言われないことを勝手にやって、自分で『あーおもしろかった』と言える生き方と、どちらがいいかです。」
『サヨナラ、学校化社会』
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