活字中毒のワタシの日記

2003年05月23日(金) 岡田美里『「しあわせ」のかたち PTSDからの旅立ち』★★★★☆

「しあわせ」のかたち
「しあわせ」のかたち
岡田美里
講談社 (2001/07/11)

久々にふせんだらけにしちゃった本。
ああ、同じだ。
わたしのことを書いてるみたいだ。
と思った本にたまに会うけれど、これもそのひとつ。

もう回復したと思っていたけど、私もそうじゃなかったみたいだ。

こころの風邪。うつ。
がんばらなくてはいけない、と無理することに慣れて(がんばって成果が出てるかは別問題)疲れきってしまう。
はい、今、疲れてます。
信じられない億劫さで、信じられない不出来な妻で母で、日々を送っています。

なんだかよどんだなまあたたかい沼にずっとはまりこんで、抜けたくても抜け方もわからず気持ち悪がっているような毎日。
本を手にしてる時だけは、別かな。
それはそれで、本に、本の世界に依存してるのだろう。
逃避、と言い換えてもいいだろう。

前向きに、前向きに、毎日楽しくお気楽に。
それを意識して、がんばって、無理してやろうとしてしまう。
理解できない人にはホント、理解できないでしょうね。
楽しくすることに罪悪感を感じるとか、ほんとうはどう感じてるのかわからないとか、こういう場合はどう答えるのが「正しい」んだろうか、と考えてしまうこととか。

そういうことを、もう、考えなくても暮らせるようになったと思ってた。
ピンとこないかも、と思いつつ借りた。
でも。
痛かったよ。

以下、今の自分に迫ってきた、代弁してほしかった言葉たち。

『緊張した毎日』(P126)
『主人に頼らずに、つい自分で頑張ってしまうんです。本当はおばさんらしく嫌味のひとつも言えばいいのに、黙ってやってしまうんです。どちらかというと、口で言えばいいのに態度だけ嫌味っぽいというか、私、頑張っているのよ、という行動をしてしまうのです』(P161-162)
『それでも疲れていると自覚していない私』(P166)
『居場所のない感じ』(P172)
『お互いに「決して傷つけられない場所」を家庭と呼ぶのではなく、「安心して傷つけたり傷つけられたりできる場所」こそ安全な家庭なの』(P199)
『ACが「良い子」を演じてきたのは、自分が必死になって生き延びるためだったのだから、「偽りの自己」を捨てることこそ良いことなのよ。いい子ぶらないこと』(P200)
『怒りと悲しみは、外に出してもいい』(P201)
『ただの人である自分を、これでいいじゃないか、と肯定できるようになれば、世の中を楽しむことができるようになるじゃない』(P202)
『ね、正しいか正しくないか、じゃなくて、楽か楽じゃないかでいいのよ』(P202)

あとがきにもあったけれど、嫌なものを嫌という勇気、言ってもいいんだと思える自信、自分を受容すること。
ゆっくり、助けを借りながらしていこうと思う。
ずっと今のままでも生きていけるだろうけど、嫌だもの。
自分も周りもしあわせになりたい。

「しあわせ」のかたち



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