活字中毒のワタシの日記

2004年11月03日(水) 市川力『英語を子どもに教えるな』中公新書ラクレ★★☆☆☆

英語を子どもに教えるな
英語を子どもに教えるな
市川 力
中央公論新社 (2004/02)

アメリカで日本人の子どもを対象に長らく塾を開いてきた筆者の主張が述べられてる。

安易な「海外移住=英語ペラペラ」は嘘というか真実を知らなさ過ぎる、へたするとモノリンガル(一つの言語を使える)、セミリンガル(一つの言語もいい加減にしか使えない。ていうかぁ、て感じ?みたいな←こういうの)になってしまうと。

バイリンガルになるには、相当な訓練が必要であり、ただ暮らすだけでは高度な語学力など身につくわけがないのだ。

それはそうだ。

私自身、日本に暮らしているけれど、高度な日本語を使えるかというと、使えていない。間違いにも気づかなかったりするありさま。
また、知ってても使えない。

プレゼンテーション能力やディベートする能力をつける必要性はこどもの頃からなぜか感じていたけれど、学校教育では与えられる事はなかった。
どこへいけば学べるのかもわからなかった。

日常会話(一次的言葉)をまず身に付け、それから書き言葉も加えた抽象的な思考を表現できる二次的言葉を使えるように、子どもが低学年のうちに導くのが理想だと、岡本夏木さんの著書(『小学生になる前後ー五〜七歳児を育てる』)を引用している。私も同感だ。

母語を習得し、高度なレベルまで高めることさえ大変なのに、さらに別の言語を、というのは無茶な話だ。非常に優秀なこどものなら別かもしれない。
でも、親はつい「子どもは柔軟だから、せっかくアメリカに来たんだし、英語を身に付けないなんてもったいない」などと考えがち。

日本においても、やはり日本語の能力を磨くことが大切だろう。
と、書きながら自分の筆力や説得力やまとめる能力のなさを痛感させられる。

私の周囲にもなんと50万以上するディズニー英語システムを購入した人が近所だけで2人いて、妹は息子を英語教室に週一回通わせていた。

アメリカの子どもに、週に一度日本語を教えても、日常会話レベルまでたどりつけるだけでも無茶だということを考えると、日常(つまり、両親の環境を整える努力)それだけの環境を用意できないのに、こどもが「APPLE」と言えたことで喜んでどーする、うちの引き出しをあけまくって勝手に二階にもあがっていって注意されて「ごめんなさい」も言えないように育てて、喜んでんじゃない!
とこんなところで昔の愚痴を吐き出してすみません。

まずは、コミニュケーション能力だよ。
それがなくて、友達なくて、苦労した(開き直った)私がいうのだから間違いないよ。コミニュケーションとれてともだちができれば、言葉の壁も超えられる。

なんか何をいいたいのかわからなくなってきたのでこの辺で。

英語は、大人になってからでも身に付けられます。本人のやる気次第です。
親の役目は、そういったやる気を持とうとする気持ちをそがないことじゃないかなぁ。

英語を子どもに教えるな



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