母のタイムスリップ日記
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| 2002年10月08日(火) |
ボタンは、誰が付けるの? |
母の衣類の綻びは、私が繕う。 在宅の時は、母にやってもらった。 繕う事は、母が好んでしていたので、わざわざ、繕い物を取っておいた。 例えば、靴下。これは、殆どウェスにするのだが、母のために洗って、 残した。繕った靴下は、履いても縫った所が微妙に厚く靴を履くと痛い。 だから、再利用とはなかなか出来なかった。 施設では、針や鋏等 自由には使えないので私が持ち帰り繕う事になる。 母を連れてきた時は、母に針箱を渡して、好きなようにやって貰う。 こんな風に 家族が補助できる人ばかりが入所している訳ではない。 Hさんは、時々 ボタンがひとつしか付いていないブラウスを着ている。 始めは、ボタンを掛けるのが面倒なのだろうと思っていた。 でも、あまりに そういう場面が多いので「ちゃんと掛けよう。」と声をかけて、補助しようとしたら、なんと、ボタンがひとつしか付いてなかった。 「直ぐ取れてしまうのですよ・・。」と職員がいっていたが、しっかりと 付いているのだってある。 それでは、Hさんが、ボタンのない事が判らないのかといえば、そうでもなかった。今日、ブラウスに合うボタンを我が家のボタン箱から持参した。 「今日ボタン持って来たよ。」と声をかけたら、「ありがとう。」と言う 返事が返ってきた。 少し、会話してみたが、やはり、意識の何処かで、ボタンが無い事、私と ボタンの話をした事が記憶されているなと感じた。 残念ながら、持参したボタンは、ちょっと小さかった。「もう一度探して くるね。」と言ったら、「ありがとう。頼むね。」と言っていた。 そのやり取りを、前の時とは違う職員が、聞いていて、「ごめんなさい。 こちらで、準備します。」と言った。 さて、こういう場合 本当は誰がやればよいのだろうか?
今日、散歩に出たら、Yさんも職員と散歩していた。 私と母を見つけたYさんは、大きく手を振り、「あなたのお母さん?」と聞いてきた。「そうです。」と言うと二人は「初めまして・・。」と挨拶交わした 職員と私は 顔を見合わせたが、違うとは言わないで見守った。 暫く話し込んでいる内に、Yさんは、母が、同じ施設にいて、何回もあっている事思い出した。でも、さっきの間違いは、覚えていないのだ。 母は、と言えば そういう事には、頓着せずに話の流れのままに 会話に 加わっていた。外から見たら、お年寄りが仲良く話しているように見える筈。 でも、会話は完全にすれ違っている。Fさんの認識度は高い。母の5年前位 かもしれない。 でも、その場で会話できる事は まだ 幸せだと感じている。 急に雨が降り出し、施設に戻った。 私と母は、傘を差して、また 外に出た。 足が少し痛いと言いながら、歩きたいとも言うので暫く歩き続けた。
散歩より戻り、編み物をしてもらう。 編み上げた襟巻きの周りをピコット編みで仕上げていたので、その続きを して貰った。
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