母のタイムスリップ日記
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2002年11月10日(日) 思い込んだら、何時までも。


 玄関に入ると 母が誰かに話しかけている声が聴こえた。
考えると、久々の事だ。こうやって、話している事もあるのだなあと不思議な
感覚になった。生活しているのだから、当たり前の事だけど、ホールで皆ボーっとしている時の訪問が多かったので・・・。
中に入ると、皆でお掃除していた。Oさんがいる時は、せっせとお掃除している姿を見かけたが、今日は皆でお掃除。こういう時は、必要に迫られるので
会話が出てくるのだろうなあ。
でも、あまり綺麗にならない。無理もない。

在宅の時だって、時間つぶしにのために掃除っていうのもあったなあ。
何かしてれば、比較的落ち着く母だった。
でも、あまり長くすると今度はつかれて、「いつまで、お掃除させるの。」と
怒り出すので、程ほどの所で休息してもらい、後は私が仕上げていた。すると「あんたばかり、大変ねえ」とまた仕事を手伝ってくれた。

今日も、様子を見ていると、母はぶつぶつ小さな声で「疲れた。いつまでさせるの?」と言っていた。
程よい所で、「もう、おしまい」と職員の声がした。
でも、母は止まらない。一度へやに戻って手を洗って、ホールに戻るとまた
掃除の続きだと思って動き出す。私は「お疲れ様。もうおしまい。」とその度に感謝し終了を告げた。そうだった。こういう事がよくあったと思い出した。

今度は、おやつ。
おやつを食べても、「食事をした」と言う感覚になるのは 母だけかと思っていたら案外そういう事が多いのだと感じた。
でも、今日は、おやつの前から食事と思い込んでいるようで、おせんべいのおやつなのに、お箸がないと何度も探していた。職員の人も母の言葉に気がついていたが、「お箸はいらない」とだけ対応していた。すると、母につられて、他の人まで、「お箸」と言い出した。職員には「食事と勘違いをしてます」と伝え、母には「お皿の中 見て。おせんべい食べるのにお箸いるかな?」と
幾度か問うた。食べ始めたら、箸とはいわなくなった。

おやつの後、散歩に出た。
畑の夏の作物は茶色になり、草も茶色になりかけていた。
母は、それをみて「霜枯れだねえ」と言った。そうなんです。適切な表現でした。なかなか聞かなくなった言葉だけど でも「当たり」
さっきまでの母でなくなっていた。
外で感じる事って こんな風にまともになる事が多いように思う。
自然の恵みは、皆に平等だなあ。
 


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