母のタイムスリップ日記
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2002年12月17日(火) 私のラッキーと介護のヒントの得方


 いろいろの方の介護の日記を見ていたりしていると「どうして、こんなに
不平等な保険なのだろう」とつくずく感じてしまう。

そして、私はラッキーが重なってここまで来れたのだと思ってしまう。
在宅で介護をしていた時、とても そう 思えなかったのだが 今 振り返ってみると、やはり ラッキーだったのだ。

母の病が痴呆と軽い病だった事も幸いしている。
また、集中力も足りないけれどそれなりに 持ち合わせている事も。
また、多少の暴言が私や職員に向けられても軽かった事。

痴呆の初期の入り口で出会った介護職の方々も親身に向き合ってくださり、
今でも母の事を心に掛けて下さる。
職員の方も私のやり方を否定せずに向き合ってくださった事も。
また、これから先に向かって、いろいろ 準備も必要であることもヒントを
くださった。
介保導入の時もヒントを下さった。不足を補わなければならない事態も想定しておく必要のあることもヒントがあった。

介護しながら、先の見通しを計ることは 容易ではない。
でも、先の為の心の準備とサービス利用は 感情のみにのめりこむことなく決めていかなくてはならない事なのだと思う。

見極めていく為のヒントはボランティア活動で身についてきたと思う。
何を好き好んでと思われる人も居られるが、お金を出しても人は けして見せてはくれない世界だ。 人様の貴重な体験を活かさなくては申し訳ない。
そして何より、ボランティア活動だって私が積極的に関わった訳でなく人様から言われてから、腰を上げたのだ。

介護のヒントはおそらくあちこちにあるのだ。
人様の話を聞く事だってそうだ。

母は、まだ、施設だけどこの先在宅に戻る為にもアンテナをあげ、ヒントを
かき集めることは止められない。
また、自分の老い先の為にもきっと役に立つ筈だ。
ラッキーが、そこまで続いていくとも思えないからなぁ。

だから、介護保険の不平等も声を上げて 拾い挙げてもらうようにしなくてはならないなぁ。



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