母のタイムスリップ日記
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| 2003年01月10日(金) |
何故なのか?記憶の不思議。 |
今日、ヒヤシンスの鉢植えを持っていった。 母は、花の名前をどうしても思い出せなかった。「ヒヤシンス」と言うと 直ぐに「あ、そうそう」と言うのだが、直ぐに忘れてまた教えるの繰り返しだった。
ところが、「今日は1月10日だけど、何の日?」と聞くと「市の立つ日」と言う。 故郷では1月10日は、市が立ち 沢山のお店が並ぶのだ。 時代と共に並ぶ物はだんだん変化して来た。 今では、バーゲンセールのようになってしまったが…。 昔は、杵や臼。団子飾り等お正月の必需品が並ぶのだった。 おそらく、今日もこの市はあると思う。 それを、母は覚えているのだ。
看護士さんによると、今日午前中「百人一首大会」をしたらしい。 「お母さんの一人勝ち。上の句も下の句もちゃんと覚えているんですよね」と言っていた。 GHでは、一人勝ちした様子だが、デイでは、同等の人がもっといて一人勝ちという事は無かったが「嫌いではない」という事は私も知っていた。 でも、母は 私が子供の頃から一度も「百人一首」等してみた事はない。 私が中学生の頃古典が始り、その時関わったぐらいだ。 その時だって「百人一首」を広げたりしなかった。 私が、娘に「百人一首」を買ってあげた時初めて孫と一緒にやったぐらいなのだ。 痴呆が始り、デイ利用が始ってその頃から大分出来るのだなと解ったほどだ。
こんな風に、母が覚えている事は様々だ。 興味の深さが違うのだろうか? 花などの名はかなり覚えていたように思うのだが、このところさっぱりなのだ。
そうそう、今日は「声に出して読みたい日本語」の一部をコピーして持って行った。萩原朔太郎の「光る地面に竹が生え」と孔子の「子曰く…」のコピー。 私は其れをテーブルの上にただ置いただけ。 でも、母は興味を示し手に取り声を出して読み始めた。 文の意味も考えながら読んでいるのが解った。 「孔子という人は偉いね」と言っていた。
こういう読解力もまだあるのだ。 其れなのに、私のことは娘と解らないし、着るものの順番だって解らないのだ。
今日は、コールテンのシャツの上に薄手のシャツを着用その上に厚手のカーディガンという妙な格好だった。 「ちょっとね、違うんじゃないの?」と声を掛け鏡を見てもらったが気が付かず「ほら、シャツの上にシャツでしょ」と言うと初めて「あそうか」と言って 着なおそうとする。けれど、其れすら忘れて、また同じ物を着用しようとしてしまうのだ。(こんな時は、脱いだ物から順に母の眼に触れないように片付けるに限るのだ) 着る物の記憶は、薄れつつあるのだろうか? 少なくとも、在宅の頃は着替えを置けば次にはあまり間違えなかった。 GHでは、一人で着替えるからどうしてもこうなってしまうのだろうなぁ。 この辺のところが、私には見えなくてどうにも成らない所だ。 あれこれ望んでも、集団生活なのだから無理なのだろうなぁ。
いつも、繰り返すが痴呆とは本当に不思議な病だ。 私の役目は、今ある記憶を出来る限り失わないように考えてあげる事かな?
実は「声に出して…」のコピーを書き写しさせてみたいと思って鉛筆と自由帳を持って行きそれもテーブルに置いたのだがこれには興味を示さなかった。 これから、何回かチャレンジしてみようとは思っているのだ。
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