母のタイムスリップ日記
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2003年03月04日(火) もう一週間?まだ一週間?


 昨日、施設でお話が有りますのでお時間とって下さいますか?と言われた。
「何の用?」と思ったが直ぐに「はい」と今日の日を約束した。

今日は、昨日の散らし寿司を持って行きまず母に食べてもらった。
なかなか、目を開けなかったが「見てよ」と何回かいったら目を開けて「き・れ・い・だ」と言った。今朝はあまり食欲が無いと言っていたがちゃんと食べた。(全介助)こういえば、施設から「ご家族がいらっしゃると違いますね」と言われる。
勿論、其れを否定はしない。でも、はっきりいうなら「職員に寄っても違いますね」と言いたくなる。

今日は、怒り口調になってしまう。
で、其れでは あまりに良くないので日を置いてゆっくり書き直すつもり。

でも、「あっ」という事を言われました。
その前に、今朝、母の様子を伺う為に施設に電話した。
すると「今後の事についてのお話ですが」と昨日の補足をしてきた。
「嫌な予感」
その通りで退所に向けての話でした。
まだ、こうなって一週間です。施設は、もう一週間と言いました。
今日まで、黙ってきた訳でなく「家に連れて帰りましょうか?」ともいいました。でも「これは私達の仕事ですから大丈夫ですよ」と言われました。
おとといは「誕生月で25日に誕生会をしますのでご参加を」と言われました。
何がどうなると、こうも突然にそういう事が言えるのかと思いました。

いずれ、退所する時は来ると思っていました。
その事も頭の隅に覚悟として有りました。
でも、特養だって私の都合からいえば移したほうがずっと楽になるのに母の事を思い先延ばししたのに…。
そういう、「情」というか、「愛」というか、そういう心はどうもこのGHには無いみたい。
介護の仕方で危うさは感じていたけれど、おいおい改善されつつあると思っていただけに、哀しかった。
信頼しようと思い続けたのは、無駄だったか?

話し合いの末、20日までに母が変わらなかったらという事に納まったが…。
この点々の先には書けない思いがいっぱい詰まっています。

「何より母が優先です。ここが無理なら在宅でも踏ん張ります」と言うのがせいいっぱい。

家に戻り、直ぐケアマネさんに電話した。
診察を受けてそれからですね。といわれ、特養は入所先送りを取り消しておきます。と言う返事だった。
そう、直ぐには動けないけど受け止めてくれる所って大切です。

愚痴を書き出すと止まらなくなりそう。もう止めよう。

困ってはいるけれど、「でも、これで良かったかも」と思っている自分がいる。
通院を理由に明日にでも連れ帰ってきて母を見ようかなと言う勢いである。
自分の熱なんていつかは直るだろうし「何とか成るさ。何とかしてみせる」と強がっている自分が見える。

ふーーーーーーーーーっ。おやすみなさい。


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