母のタイムスリップ日記
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2003年03月15日(土) 地獄の食事タイム


 昼食を食べている母の隣にいて、ふと思い出した人がいる。
その方が92歳から99歳までお訪ねしていた。

98歳ごろから食事中嚥下が始り、食べる事が苦労だった。
お訪ねして食事していただく時「また、地獄の時間になるけど…。食べる事が大切だからできるところまで頑張ってみましょう」と度々声を掛けていた。
その方は、くくっと笑って「そうだね」とよくおしゃった。
食べたくない時は、あまり無理はしないようにしていた。
それでも、一時間は付き添って励まし、途中で止める時も「ご苦労様でした」と言って笑いあった。
時に不機嫌になることもあったが、私のような者の介助によく我慢してくださったとつくづく思う。

母の食事は、その方とは違う意味で大変なのだ。
母は、強い嚥下は無い。お腹は空く。でも、独りでは 食べる意欲を持続できないのだ。
目を開けさせる事、食べ物を見る事に注意を向けさせなければならない。
幾度も声を掛けられれば、嫌になるかもしれない。それは、出来ない事を認識させてしまう事になるかもしれない。程ほどの加減が必要だ。

今日の母は、時々声掛けに、口をアーンと反射的にあいてしまう事があった。
「独りで食べる様に頑張ろう。大変な仕事だけど、努力家だからできるよね」とできる限り声を掛けた。「もっと早く来て、温かいうちに食べられるように考えればよかったね。ごめん」と母に謝った。

食後、母と二人でビーチボールのキャッチボールを100回続けた。
その後、Fさんにも入ってもらい3人でやってみた。
後半こそ母は、目を瞑ってしまう事もあったが、中盤までは目を開けて頑張った。
ただ、元気な頃と比べると「楽しい」「やったー」と言う表情が無く、失敗した時だけは頭を下げ落ち込んでしまった。

良い日と悪い日があるのだろうか?
私からみれば、やはり箸を使い出した事は画期的だが、GHの職員からすれば
出来てない事になるのだろうな。ボール遊びなんて興味もないかな?

「ずっと、付いて上げられると良いのでしょうけれど」と言う職員の言葉の裏に「ごめんね」と言う思いが隠れていると感じた。
これは、職員みんなから感じる事ではない。
綺麗な言葉を使っていても、そこに「やってあげても無理」という感じが伝わってくる人だって居る。
母も結構感じているようだ。今日の人の声掛けにはにこやかに反応する。
でも、初期の時のように「朝、昼と食べてないのだから、夜くらいはお腹空いて食べるよね」と言う職員だったら食べる気すら起きないだろうと思う。

食べるという事は生きていく上で大切にしてあげたい事なのだ。
私は、今日から栄養補助の為、トマトとクリームチーズを持参する事にした。
居室で、ゆっくり自力で食べてもらった。ホットコーヒーもポットで持参。
今は、おやつ兼栄養補助の方が良いだろうと思った。
明日は、温泉卵とトマトにしてみようかな。
其れとも、ホットドックかな?
せめても、楽しくあったかく食べる事を作り出してみようと思う。
「足りない所は補う」これが入所以来続けている事だから。
それくらいなら、そんなに大変ではない。

地獄でない食事タイムの訪れを祈るばかりである。



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