母のタイムスリップ日記
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2003年03月14日(金) やっぱり母は判っている


今日、通院した時、CTを見て「よくなってます。もう 心配要りません」と言われた時 母は「有難う」と言い涙を零した。
医師も、先週の母と比べてよくなっている事に一目で気が付いて「よかったですね。本当に」と言ってくれた。
初めての診察で、母の事をこれだけ覚えてくれている事に感謝した。

家に帰って「用を頼んでいい?」と聞くと「出来なくなっているから…」とまた涙を零した。
しかし、不思議だ。通院した事等記憶に残ってないし、我が家に泊まった事だって忘れている。其れなのに、出来ない事実はわかっているのだ。
どう言う所で認識を続けるのだろう?

そんな、母を見るとちょっと辛い。
でも、めげても始らない。

母のリハで「出来ない」事をさせると良くない。
ジャンケンは危うい所だ。だから、グー、チョキ、パーを順番に出す事をしてみた。これなら、少しの間続けられる。
後は、歩く事。
これは、今日もチャレンジ。
我が家から、15分のところの駅まで歩いてみた。両手を取り歩いた。
歩道橋の階段が、3個分もある階段を下りた。
途中、休息3回。約50分かかって目的地に着いた。
「やったね」と声を掛けたが母はかなり疲れた様子だった。あまり無理はいけないが、明日からお天気が崩れそうなので試みたのだった。

これが、気分転換となり、泣き虫風は、吹き飛んだ。

今朝、娘が「アメリカに出かける」と告げると驚いて「気をつけて」と母は言った。言葉も、自分で判断して話せるようになりつつある。
娘も今朝 母が目を自分から開けてパンを一人で食べたのを見て涙した。
この娘は、そういう事で泣く事は無い。でも、ここまで出来るようになるとは
思っていなかったのだろう。
目を真っ赤にしていた。母もつられて涙していた。

この一泊で、前回のようなお漏らしの失敗は無かった。トイレ誘導の結果、お漏らしゼロ。「気持ちよいね。今度は、自分からトイレって言えるといいね」と言ったら母は頷いた。覚えきれるか判らないけど信じてやってみるしかないのだ。

我が家では感動の連続だったけど、GHの職員は、「そうですか?」と言う。
「数日前は出来なかったのです。よくなかったのです」と。
だから なんだか此方が嘘を言っているような気分になってしまう。
確かに出来る時と出来ない時は有るけれど、其れは間違いないのだけど。
でも、そんなことはどうでも良いのだ。
確実に、出来る事が増えているのだし、医師だって褒めてくれた。

母も、夫も、娘も、私も、そういう褒め言葉が一番しみて「良かった」と思えるのだから。そして、明日に繋がっていくのだから。



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