母のタイムスリップ日記
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2003年07月13日(日) 来客

 昨日は、娘の友人がお泊り。
久しぶりの来訪である。
彼女は、よく母のために塗り絵をファクシミリで送信してくれたりしていた。
娘より年下なのだけれど、妹さんと3人でこちらで暮らしておられる。
3姉妹は、自費でこちらの生活を賄っておられる。
学費だって稼いでいらっしゃる。
彼女は、もう 卒業した身だけれど、妹さんの事を母親のように見守っていらっしゃるのだ。
若い彼女と「見守りは、何処までか…」等と話した事も有るほどである。
でも、ちゃんと、若い人の感覚も持ち合わせており「我が家に寄ったら」とお誘いすると「なんか、いい事有りますか?」と聞いてくる。
「子汚いおばちゃんが一匹いるけれどそれでよかったら」というと おいしいケーキを持参で訪問してきた。

彼女にPCの整理をして貰った。
ウイルス対策もとってもらった。でも、もうひとつのワードが動かないという課題はいくらがんばっても駄目で、インストールしなおしという事になった。

深夜、彼女の携帯に「おばあちゃん危篤」の知らせが入った。
けれど、すでに電車もなく一夜ここで泊まって明日帰る事になった。
彼女のおばあさんは、90歳を超える方で介護保険も使わず元気に過ごされていたというので突然のことでほんとにびっくりなさっていた。

「危篤」の知らせは、伝言になっており実際どうなのかが なかなか 掴めなくてまんじりともせず帰られた。

そして、夕方、ふるさとから高校時代の友人が2人やってきた。
この度は、私に会うだけのためにきてくれるのだ。
新幹線の駅まで迎えに出た。
「夕食は何も作らない事」という取り決めがあった。
顔を見て「どこかで食事する?」と聞くと此の儘家に直行したいというのでデパートでお惣菜を買って家に向かった。
家に着くと帰宅の遅いはずの夫が帰っていた。
慌ててみても始まらず3人分の物を4人で分けて皆で祝杯を挙げた。

一人の友人は、美容院を経営しており母の事もいつも気にかけてふるさとの家に寄って美容院に連れ出してくれたりしていた。
もう一人の友人も娘をつれて帰るたびに、いつもいつも玩具等を買ってくれたりさくらんぼやりんご等の季節の果物を送ってくれていた。
美容士の友人とは、夫も面識があるけれど…。
それだって、何時の事かと思うほど昔のことである。

友人だって初めて会う感覚であった。
それでも和気藹々とすごした。

夫の一言。
「夫婦喧嘩して行き場所がなかったらまっすぐにここに来てください。いつでもいいですよ」だって。
???


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