母のタイムスリップ日記
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2003年08月27日(水) やっぱり 家だね


 ご近所さんと一緒にGHに出向いた。
母は、居室で一人塗り絵をしていた。
最近、施設で塗り絵を準備して下さっているので家から持っていく事が少なくなって来た。
「こんちわ」とご近所さんが声をかけて下さる。
母は、見覚えのある顔なのでにこやかに「こんちわ。良くいらしてくださいました」と挨拶を交わしていた。
この場合、私は身内だという意識はあるのだろうな。

ご近所さんは、初めて見る施設内の風景に 私が初期に感じたと同じような気持ちになられたようである。
デイもショートも2箇所の利用。それも母と同じ施設である。
そこと比べてしまうとどうしても「心」や「対応」が利用者の方を向いてないなと感じてしまうのである。
別に意地悪をするとか、そういう種類のものでなく、職員のペースになっていると感じてしまうのである。
忙しいのだろうから無理は言えないが…。

話が少しそれるけれど…。
今朝の朝日新聞のひとときに「一分でもいいからその人のためだけの時間を持ってください」とお願いした。という事が書いてあった。

いや、GHでは1分以上の時間を割いていただいてはいるけれど…。

ある方とお話によれば、志の高い職員がいても、施設の方針によって出来ないない事もあるだろう…。だから、職員の資質でなく経営の方針が影響するだろう…と言う。

ご近所さんと知り合いのいるフロアに移動した。
その方は、ご近所さんをみて笑みを浮かべた。
母と同様、お顔だけはわかるご様子である。
ちょうど、私の知り合いもお隣に座っていらして「よう来てくれたね。ありがとう」とやはり笑み満面である。
2人から受け入れてもらえてしばらく話に花が咲く。

ご近所さんの知り合いは、自分がわからなくなりかけている事が判るようである。間違った答え方をしないようにと注意深く答えられている様に感じた。
数ヶ月前「仕事があり、人が訪ねてきますので帰らなければ成りません。ここから帰らせてください」と必死で訴えていた姿は今日は見られない。
それでも「どうぞ、家にもお出でください。あなたの電話番号を教えてください」と幾度も聞いてきた。
「施設で暮らしている」のではなく「帰る家」があるのである。
それも、実態の無い生家ではなくて入所前まで住んでいた「家」がまだ判るのである。
今は主も無く空き家のままの家を私もご近所さんも目にしている。
仕方のない事なのだけれど…。
ご近所さんと私は 気が付かれないように涙を拭いた。
やはり「家」は一番なのだろう。



 




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