短いのはお好き?
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「あのさ、ところで……」
あざみ野はビールを飲む手をとめて言った。
「好きだっていう意思表示はしたわけ?」 「いえ、だからそれはまだ…。あの、怖いんです。怖いんですよ、この関係が、いまの状態が崩れちゃうんじゃないかと思って…」 あざみ野は半ばあきれて言い放った。 「あのさぁ、今の状態っていってもさ、なんにも始まっていないよね。彼女と一体感があるって確信してるみたいだけど、それってただ標くんの思い込みだけでしょ。まあ、俺なんかにはよくわかんない世界だけれど、標くんはいったいどうしたいの? プラトニックな恋愛ごっこをつづけたいってこと?怖いからっていってもさ、男なんだからはっきり意思表示しなくちゃ。それとも、彼女がなんとか言ってくれるのを待てるわけ?」 「いや、ほんと駄目なんです、こういうの経験なくって…」 「経験ないっていってもさ……まあ、いいや。で、またどうして不能ってことになちゃったの?」 「それがぜんぜんわかんないんですよ。原因さえわかればなんとかしようもあるんでしょうけれど、ぼくには何もおもいあたらないんです。でも、強いて言えば彼女にやっぱり原因があるんでしょうね、電話してくるなって言われた頃からおかしくなったような感じだから…。会社では誘うような素振りをするくせに電話かけてくるなと言うし、で、思い切ってデートに誘っても駄目だって言われるしで、相当精神的にまいちゃって…」 「なるほどね、で、どうしたいの?」 「え、どうしたいって?」 「だからさ、このまま手をこまねいて他人ごとみたいに傍観してるつもりかってこと。俺も不能については詳しくないからよくわかんないし、標の言うとおりだとも思うけど、彼女のせいというより標自身の煮え切らない白黒はっきりさせないってのが一番の原因なんじゃないの。それにしてもさ、こういうのってデリケートっていうのかね。男ってデリケートな生き物なのかしら? なんてね」 「あざみ野さん、冗談はやめてくださいよ」標は少し怒った口調でいい、あざみのをにらんだ。 無理もない。あざみ野は自戒を込めていったつもりなのだったが、標は相談している当の相手もインポであるなどと露ほども思わないのだから。 「とにかくさ、なんだかんだ悩んでないで、男なんだからズバッと告白しちゃいなよ。それで駄目なら駄目でいいじゃん。彼女幾つ?」 「21です」 「そうか、21か。いずれにしろさ、もう電話かけてくるなっていってるんだから、駄目もとではっきり意思表示しなよ。好きな奴がいたっていいじゃない。うじうじしてるから結局立たないなんてことになったんじゃないの」
わかりました、もう女の話はやめましょう。音楽の話をしましょうよ。と、標は自分から一方的にこの話を打ち切ってしまった。その標の毅然とした物言いが決心の現われなのか、あるいは、同情や慰めの言葉を期待していた、あざみ野への失望またはある種の反感から生じたものであるのか、あざみ野には全くわからなかった。 この標の唐突な話の中絶こそが、標のやり方なのだろう。つまり、標は結局何の意思表示もすることなく全て自分の内にしまい込んだまま、ばっさりとこの恋を断ち切ってしまうのだろうなとあざみ野は思うのだった。
その後場所をかえ、終電近くまでふたりは飲んだ。標を駅まで見送ると、あざみ野はひとり夜道をそぞろ歩いて帰った。
さめざめと泣いた 標の声が聞こえてくる 怖いんです
怖いんですよ
この関係が
今の状態が崩れちゃうんじゃないかと思って
それはまったくあざみ野自身だった
自分の声が聞こえてくる なんだかんだ悩んでないで 男なんだからズバッと告白しちゃいなよ
それで駄目なら駄目でいいじゃない
うじうじしてるから
結局立たないなんてことになったんじゃないの
それもすべて自分のことだった
いつからだろう標のことを好きになったのは
想いを告げることなどできるはずもない
もう歩けない
肩を揺らして嗚咽した
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